目的:糖尿病の指標を記録しなかった1名の語りから,糖尿病とともに暮らす経験を現象学的に記述することである.
方法:その人に現われている世界を記述する現象学的アプローチである.本稿では,糖尿病手帳開発プロジェクトで出会った指標をつけない研究参加者の経験を非構造化面接の語りを通じて記述した.
結果:Aさんは大震災に被災し,周りへの様々な気がかりに時間を割いて糖尿病であることが曖昧な様相を呈していた中で注射導入となり,医師に毎回打ってもらうことで自分を労わるようになった.この変化は,時間の経験のされ方と自分へのケアの仕方から生起していた.
結論:定期受診から生まれる自分へのケアが創出したリズミカルな時間の経験は大惨事からの快復も含意していた.医師に委ねて自分を労わるという方法を選択したAさんには自分で指標をつける必要性が生じなかった可能性がある.セルフモニタリングとは異なった方法でのセルフケアの新たなあり方が示唆された.