植物研究雑誌
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日本の植物学とローマ字の問題4. 植物和名の綴りとローマ字表記
金井弘夫
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2009 年 84 巻 4 号 p. 259-260

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抄録

本項で述べるのは和名の表音式かなづかいの綴り(以下表音式綴り)と歴史的かなづかいの綴り(以下歴史的綴り)の問題で,ローマ字は直接関係ないが,現在日本の植物分類学で用いられている植物和名のローマ字表記は, 発音を示す役目はしているが,元のかな綴りを反映するものではないことを示すために,あえて一連の流れとしておく.

 学術用語集植物学編の付録には, 日本植物分類学会編「植物科名の標準和名」の表がついている.用語集増訂版刊行当時,「これが『正しく』て,これ以外の綴りを使うと誤りなのか?」という質問が頻繁にあった.とくに,教育現場の人に多かったようだ.彼らは学生・生徒に教える立場にあり,正解は一つしかないという環境に慣らされているので,心配するのは無理もない.私の返事は「大勢の人がてんでに自分の好みの名前や綴りを使うと,整理や情報交換がうまくいかないので,『ことある時にはこれを使う』という認識だから,正誤の問題ではない」というものだった.私は科の和名の選定の際に原資料を提供しており,日本植物分類学会の選定会議の基本方針はそういうニュアンスとして受け取っている.さもなければ質問には答えず,分類学会へ廻しただろう.だから「ことある時」でない場合にどんな綴りを使うかは,その人の自由であると考えている.Ericaceae に対してツツジ科を使うかシャクナゲ科を使うかについても同様である.表音式綴り,たとえば「キズタ」「カワジシャ」に対して,「キヅタ」「カハヂシャ」と綴るべきであると,歴史的綴りを主張する人もいる.名前の語源からするとこれはもっともな主張なのだが,表音式が優勢な今日では,索引や検索という立場からすると例外的で使いにくい.しかし表音式綴り一点張りになってしまうと,これらの名前は単なる記号の列に過ぎなくなる.歴史的綴りの主張がときどきなされることによって,われわれが依って立つ文化の底流を知り,その変遷の果てに現在の綴りや発音があるのだということを認識するのに有用なので, 歓迎すべきことだと思う.ただ,そういう意見表明は, 特定の綴りだけでなく,なるべくまんべんなくいろいろな綴りに目配りしてもらいたいものである.

 表1に思いつくままに植物名の表音式綴りとその歴史的綴り,およびそれらのローマ字綴りとの関係を示す.* 印は科名であり,植物科名の標準和名による.歴史的綴りは木村陽二郎(監):図説草木辞苑(1988)による.前項からの流れで,ローマ字綴りも示した.これによれば,普通に和名の表現に用いられているローマ字綴りは「発音」を表すものであり,その綴りからは元のかな綴りを復元できないことは明らかと思う.つまり和名ローマ字綴り=和名の発音であって,和名ローマ字綴り=和名かな綴りではないのである.本報では訓令式を用いたが,これはヘボン式でも同じことだろう.

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© 2009 植物研究雑誌編集委員会
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