医療と社会
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敵対的企業買収
欧米における防衛手段とその正当性
吉森 賢
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2000 年 10 巻 1 号 p. 1-30

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抄録

ドイツ,フランスにおいては日本よりもはるかに多彩かつ有効な敵対的企業買収への防衛的手段が講じられている。これらは株式の非公開,持株会社,議決権集中持株会社,安定株主,主取引銀行,複数議決権および議決権行使限度の設定などである。株主利益至上主義を説くアメリカにおいてさえ,ポイズン・ピル,反企業買収法(Anti-takeover statute)などにより90年代において敵対的企業買収が激減した。このような事情とは対照的に日本企業の敵対的企業買収への抵抗力は持ち合いの解消,主取引銀行の影響力低下,米英機関投資家の持ち分増加などの要因により弱体化している。アメリカ・イギリスにおいては敵対的企業買収は無能な経営者を更迭させ,経営資源の有効配分を通じて企業価値を向上するという根拠により正当化されている。しかしこれまでの実証研究はこの理論の妥当性を決定的に立証していない。
また敵対的企業買収に対する防衛的手段は非効率な経営と業績に自動的に導かない。むしろそれにより日本経営者は多大な初期投資と長期にわたる懐妊期間にもかかわらず新製品・新技術,新市場の開発に成功した。その経済的合理性は低い取引費用,人間資本を含む企業固有の資産の利用,経営危機における協調支援・救済行動である。東京証券取引所の株式投資収益率が60-80年代を通じてアメリカのそれを上回った事実はこのようにして得られた世界的市場地位により説明される。すなわち日本においては製品市場における競争が最も迅速かつ透明な経営者への規律付けを行ってきたのであり,それにより経営者の地位安定化行動は阻止された。したがって市場原理が働いているかぎり,敵対的企業買収への防衛措置が経営者の地位安定化を招くとする議論は説得力をもちえない。混迷下にある日本の経営者にとって必要なことは一時的な自国や他国の経営環境の良し悪しに幻惑されず,冷静にこれまでの成功要因を振り返り,捨てるべき要因は捨て,残すべき要因は残し,新たに取り入れるべき要因はこれを導入し,激変する経営環境に対応すべきである。
もちろん日本の経営にも限界がある、それらは第一には株主への説明を含む透明性の欠如,第二に業績に貢献しない人間および遊休・不良資産による低水準の総資産収益率,第三にSEC(米国証券取引委員会)の如き強力な監督機関の欠如による企業の違法・非倫理的行動,第四に企業統治の低い有効性,第五に行政,政治との癒着関係である。これらの是正には大きな努力が必要ではあるが,角を矯めて牛を殺す過ちを避けるべきである。

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