2001 年 25 巻 p. 23-33
セルジュ・チェリビダッケは、1912年ルーマニアで生まれ、1996年パリの自宅で死去した。20才を過ぎてから初めてベルリンにやって来てドイツ語を習得した。音楽技術上の才能には非常に恵まれていたが、ベートーヴェンやブラームスなどドイツ音楽の伝統的演奏様式には無縁の環境で育ち、またそれを身につけていなかった。彼が好んだレパートリーは、フランス印象派やロシア音楽であり、特にラヴェルは最も得意なものであった。チェリビダッケはルーマニア人であり、ドイツでは人種と国籍において異邦人であったのと同様に、ドイツ音楽の世界では異邦人であった。そして、カラヤン=ベルリン・フィルを中心とする戦後のクラシック音楽界においても異邦人であった。チェリビダッケは、生涯にわたって青年の心性を保ち続けた孤独な理想主義者であった。彼はどんなオーケストラとも安定した関係を築かず遍歴を続け彷徨した永遠の青年であった。