本論文は、韓国の 1980 年「教育正常化及び加熱課外解消方案」直前の第4次教育課程作成過程で現れた、中学校の技術教育と家庭科教育の再編の動向を分析した。この結果、韓国では 1970 年代後半、韓国教育開発院(KEDI)の主導の下、世界的な性差別撤廃思想とアメリカの産業科カリキュラムプロジェクト(IACP)の理論を積極的に受容する方向において、アメリカ的技術教育を主に担う、中学校の男女平等志向の必修教科の開設が計画され、政権交代により実現は見なかったが、後の技術・家庭科の重要な礎を築いたことが明らかとなった。