2015 年 71 巻 1 号 p. 37-55
戦前期における市区改正条例が準用された都市は河川・運河・港湾を核とした水辺市街地であり,わが国でもいち早く都市改造が実施された.これらの都市では各種の都市計画事業に伴い多くの橋梁が架設された.橋梁は都市美を構成する重要な要素として,中でもアーチ橋は都市美形成に適するものとして位置づけられ,景観形成上重要な箇所に適用される傾向にあった.近代都市が構築されようとしていた最中,各都市で街路,河川・運河,建築物などの要素との関係性を踏まえた総体的な橋梁デザインが実施されていた.東京や大阪の市街地においてはこれらの橋梁デザインが群・面的な景観デザイン形成へと昇華し,特に大阪においては,一連の橋梁群としてのデザインコンセプト「変化と調和」のもとに確立されていた.