2023 年 38 巻 2 号 p. 187-197
環境研究総合推進費(JPMEERF20202008)「暗示的炭素価格を踏まえたカーボンプライシングの制度設計:効率性と地域経済間の公平性を目指して」では,暗示的炭素価格を踏まえた上で,効率性と公平性を考慮したカーボンプライシング(排出量取引や炭素税等)を理論的,定量的に分析してきた。研究を通じて,排出量取引の効果・影響を定量的,統計的に検証した。その結果,排出量取引の実施による削減効果,スピルオーバー効果(規制対象外の事業所でのCO2排出削減が起こること)や,東京都のビルにおける省エネルギー技術の普及が確認できたことは,気候変動問題の解決へ向けたイノベーションの広がりを確認できた例といえる。また,自治体の排出量取引が企業の研究開発の促進につながることも示された。一方で,研究を進めるにあたっての困難も多くあり,統計データにおける事業所と企業の情報の紐づけ,因果推定におけるより自然実験に近い状況での検証,イノベーションの計測といった課題もあった。このような課題を乗り越えながら,理工学による技術開発とも協力しつつ,イノベーションをどう波及させるかを検討していくことこそが,経済学の視点からみた「人文・社会科学系研究が創造するイノベーション」への最初の一歩といえるだろう。