本研究の目的は,総合社会科と分化社会科の教育思潮の相克を示すことである。そのために,上田薫の作品である『たろう』と「ある教師の社会観」を題材とし,作品の背景・モデル・意義を分析する。 その際,本研究では「観」を鍵概念として設定する。まず,『たろう』編では上田と勝田守一の教科書観の比較し,その意義を分析する。『たろう』とは,戦後初の社会科教科書の一つである。現場の教師たちの教科書観にどのような影響を与えたのか,考察する。つぎに,「ある教師の社会観」編では,上田と勝田の科学観を比較し,その意義を分析する。「ある教師の社会観」とは,中学校の社会科教師を題材にしたエッセイである。現場の教師たちの科学観にどのような影響を与えたのか,考察する。
本研究の成果は,つぎのとおりである。上田が「文学的アプローチ」をとったのに対し,勝田は「科学的アプローチ」をとった。その背後には,小林秀雄と三木清という異なる師の姿があった。双方のとった学問的アプローチの違いが,生活主義と科学主義という教育思潮の相克を生む結果となり,総合社会科の理念を阻む遠因となったのである。