2004 年 78 巻 2 号 p. 517-539
有賀文八郎は明治維新の数ヶ月前に生まれた。彼は幕藩体制崩壊後の明治に生きる人間として、新しい日本人の教育の基礎を基督教と確信して基督信者となった。その後、インドのボンベイでイスラームの実際を目撃し、後にイスラームに改宗する。イスラームとの出会いから四十年間、一神教の比較研究を行い、三位一体説に疑義を抱き、イスラームが日本に最も適当な宗教であると確信し、六十歳を機に実業界を引退し、イスラーム伝道に余生を捧げた。彼は短期間に信者を獲得したが、同時に彼のイスラーム解説書は日本の他のオリエンタリストのそれと比較して異彩を放っている。それは結果的にイスラーム法学の法判断(フトワ)によって日本の実情に合うイスラームを人々に伝えたからだ。彼は日本のイスラーム法学の先駆として位置づけられる。