経済地理学年報
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経済地理学は「貧困」にどう向き合うのか? : モラル・エコノミーと地域の学としての再構築(<特集>新時代における経済地理学の方法論)
熊谷 圭知
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2003 年 49 巻 5 号 p. 445-466

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抄録

貧困の緩和は,今日の第三世界のもっとも緊急で重要な課題の一つである.しかし,この問題に取り組んでいる日本の経済地理学者は少ない.地域格差や地域的不平等の問題が経済地理学の重要な課題であったことを考えれば,これは不可解である.本稿では,その欠落の理由に焦点を当てるとともに,日本の経済地理学を「地域に感応的」で「モラル」な学に変えていくためのオルタナティブな態度を提起する.1960年代終わりに,経済地理学界の中で,「主流派」経済地理学者と第三世界の地域研究と新たな地誌学を標榜するグループとの間に論争が起こった.後者は、それぞれ第三世界の国々において,参与観察的手法を用いた調査を行っていた.残念ながら,彼らの仕事は,当時独自の学問分野として自らを確立することに熱心だった経済地理学者たちからは評価されず,むしろ批判されるところとなった.第三世界研究とフィールドワークに関する批判的な思考が周縁化されたことは,日本の経済地理学にとって不幸なことであった.なぜなら,長期にわたるインテンシヴなフィールドワークこそが,貧困の問題に立ち向かうために肝要だと,私は考えるからである.そのように考えるのには3つの理由と展望がある.これらは,第三世界における開発実践の課題とも相互に密接に関わっている.第一に,ローカルな地域の人々の現実とその知識を,西欧中心主義的な枠組みに還元して理解するのではなく,地域の(ローカルな)文脈で理解することを可能にすることである.第二に,フィールドワークの視野と過程は,必然的にフィールドワーカーを,一つの学問分野に閉じこもるのではなく,むしろ学問分野を越境するような方向に導く.第三に,長期的なフィールドワークは,調査者に,自らのフィールドヘの何らかの関与を余儀なくさせる.こうした関与には,研究者の知識と経験をフィールドの人々の生活とローカルな地域(コミュニティ)のために役立てるということが含まれる.私自身がJICA専門家として,都市貧困緩和のための活動に従事した経験からいえば,地域研究と開発実践の間には協同の可能性がある.実践への関わりは,調査研究にも新たな発見や視点をもたらす.また「調査するもの」と「調査されるもの」という不平等な権力関係を変えていく出発点ともなる.

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© 2003 経済地理学会
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