理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OF1-013
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口述発表(特別・フリーセッション)
熱流束および総熱量を指標とした冷覚および痛覚の定量的感覚検査の試み
下 和弘鈴木 重行
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キーワード: 熱流束, 検査測定, 疼痛評価
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抄録

【目的】
定量的感覚検査(Quantitative Sensory Testing:以下,QST)は,温度刺激装置を用い,一定の皮膚温度から一定の速度で温度を下げ,冷覚や痛覚を知覚するときの皮膚温度を閾値として測定する検査法である。これまでに,QSTで温度変化の速度が大きいほど冷覚や痛覚を感じる皮膚温度が低いことが報告されている(Harrison et al. 1999,Louise et al. 2005)。これは日常に感じる印象と異なる結果であったが,可能性の一つに,冷覚や痛覚が起こるまでに皮膚と測定プローブの間を流れた熱量の総和(総熱量)の影響が指摘されている。しかし,従来の機器では熱量を測定できず,検証ができなかった。近年,熱流束(温度差のある物質間に流れる単位時間,単位面積あたりの熱量)センサと温度センサを組み合わせた測定プローブを有する温度刺激装置が開発され,QSTにおいて熱流束の測定や,総熱量の検討が可能となった。そこで,本研究では健常者を対象にQSTにおける冷覚および痛覚の評価として熱流束および総熱量を指標として検討したので報告する。
【方法】
対象は健常成人12名(男性7名,女性5名,平均年齢21.7歳)とした。測定部位は非利き手手掌,機器は温度刺激装置(インタークロス社製,warm/cold Threshold Meter Intercross-200)を用いた。測定手順は,以下のごとくとした。1) 測定部位の皮膚温度を計測した。 2) プローブを測定部位に置き,測定部位の皮膚温度が一定となった時点から一定速度で温度を低下させた。3) 被験者が冷覚,痛覚を知覚した時点でスイッチを押し,その時間を記録した。手順2) について,測定開始温度は32°Cとする場合と各被験者の皮膚温度とする場合の2通りとし,温度変化は0.1°C/sec,0.3°C/sec,0.5°C/secの3通りとし,計6通りの測定条件とした。測定は各測定条件につき5回行った。測定開始時の皮膚温度から被験者が冷覚,痛覚を知覚した時点の皮膚温度を引いた値を冷覚温度閾値,痛覚温度閾値とした。被験者が冷覚,痛覚を知覚した時点の熱流束を冷覚熱流束閾値,痛覚熱流束閾値とした。また,冷覚,痛覚を知覚する時間までの熱流束を積分し,その値を冷覚知覚時総熱量,痛覚知覚時総熱量とした。測定値は5回の測定の最大値と最小値を除いた3回の平均値を求めた。測定の再現性の検証に級内相関係数を,測定前の皮膚温度と温度閾値,熱流束閾値,総熱量の関連の検索にピアソンの積率相関係数を求めた。熱流束,総熱量と皮膚温度変化との関連を調べるために,冷覚,痛覚とも,熱流束閾値,総熱量を説明変数,温度閾値を目的変数として単回帰分析を行った。危険率5%を有意水準とした。
【説明と同意】
本研究は本学医学部倫理委員会保健学部会の承認を得て行った(承認番号9-517)。対象には十分な説明を行い,同意を得て測定を行った。
【結果】
級内相関係数はすべての測定条件でいずれの項目も0.91~1.00の値を示した。また,すべての測定条件で冷覚,痛覚とも,測定前の皮膚温度と温度閾値,熱流束閾値,総熱量には相関関係はなかった。熱流束閾値,総熱量と温度閾値の単回帰分析では,温度変化速度が0.5°C/secのときの痛覚熱流束閾値を除いて,有意な正の相関を示した。寄与率は熱流束閾値よりも総熱量が,また測定開始温度を32°Cとする場合よりも各被験者の皮膚温度とする場合が高い傾向であった(R2=0.45~0.96)。また,総熱量を説明変数,温度閾値を目的変数とした回帰式の傾きは,0.1°C/sec > 0.3°C/sec > 0.5°C/secとなった。
【考察】
級内相関係数が0.9以上の高い値を示し,本研究の測定方法は高い被験者内再現性を有すると考えられる。また,測定前の皮膚温度と測定値には相関関係はなく,本研究の測定法では,測定前の皮膚温度の影響は無視でき,皮膚温度の補正などを行わずに簡便な検査,評価が行える可能性を示唆している。また,総熱量は皮膚温度変化と相関関係にあり,回帰式の傾きから,温度変化速度が大きいほど,同等の温度変化を生じさせるために必要な総熱量は小さくなることが示唆された。温度受容器の活動は温度そのものによって決まる静的応答と,移動する熱量に影響を受ける動的応答がある。皮膚温度のみでなく,熱流束や総熱量を指標とすることで,従来よりも詳細な冷覚や痛覚についての知見が得られる可能性がある。しかし,本研究では,機器の限界から温度変化速度は従来の報告よりも比較的緩やかであり,各温度変化速度間の差も小さかった。今後は,装置や実験方法の改良を行い,より大きな温度変化速度での検討が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
QSTで熱流束,総熱量を指標とすることで,冷覚や痛覚についての新たな知見を得られる可能性がある。このことは,冷覚異常や痛覚異常の定量的評価の一助になりえる。

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© 2011 日本理学療法士協会
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