理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-123
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ポスター発表(一般)
高齢者の機能的視野は運動中に狭窄する
中心・周辺視野における反応時間の分析による検討
上村 一貴山田 実永井 宏達森 周平市橋 則明
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キーワード: 視野, 高齢者, 反応時間
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抄録

【目的】
高齢者の視覚機能の低下、特に視野の狭小化は転倒リスクを増大させる要因とされている。日常生活では、刻々と変化する外的環境に視覚的注意を向け、危険を回避するための素早い対応を行う必要がある。床上の障害物やすれ違う人々など、中心視野だけでなく周辺視野にも十分に注意が向けられていることが重要であると考えられる。通常、眼科領域で用いられる視野測定では、安静座位にて頭部および視点を固定した状態で視認可能な範囲を計測している。しかし、眼球運動も視覚機能の一要素であり、視野が狭小化している状態ではより重要な役割を担うものと予想される。本研究では、日常生活における機能的視野の評価として、眼球運動を許した状態での、中心および周辺視野における反応時間を分析する。このような機能的視野は運動中にこそ必要とされると考えられるが、運動課題に注意が奪われることによって狭窄してしまう可能性がある。本研究の目的は、中心および周辺視野における反応時間に運動課題が及ぼす影響を若年者、高齢者それぞれにおいて検討することである。
【方法】
対象は若年者10名(平均22.9歳)と65歳以上の地域在住高齢者8名(平均82.5歳)とした。独歩または杖歩行が不可能な場合、認知機能が著しく低下している場合は除外した。視覚刺激の提示に対して、対象者が右手で把持したボタンをできるだけ早く押すまでの反応時間を1ミリ秒で測定した。視覚刺激の提示位置は、目線の高さで、視角を0°,30°(左右),45°(左右)の5条件に規定し、被験者からの距離は40cmとした。視覚刺激は直径2cmの黄色の円とした。課題条件として、[1]静止立位(Static)、[2]その場で足踏み(Step)の2つを設けた。Step条件では、足踏みの速度を規定するため、快適速度における足踏みの速度を対象者それぞれにおいて事前に測定し、その速度に設定したメトロノームの電子音に合わせて足踏みを継続するように指示した。なお、測定回数は各視角・課題条件において3試行とし、解析には30°,45°の視角条件では左右の平均値を使用した。視角および課題条件の測定順は無作為とした。
統計解析として、若年群、高齢群のそれぞれにおいて、視角(0°,30°,45°)と課題条件(Static, Step)を2要因とした反復測定二元配置分散分析を行い、交互作用がみられた場合には多重比較(Bonferroni法)を行った。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
対象者には研究内容について口頭にて十分な説明を行い、書面にて同意を得た。
【結果】
高齢群において視角と課題条件に有意な交互作用がみられた(p=0.016)。Static条件での反応時間は、0°(0.59秒),30°(0.74秒),45°(0.89秒)であり、0°に比較して45°で有意に遅延していた(p=0.004)。Step条件での反応時間は、0°(0.59秒),30°(0.68秒),45°(1.25秒)であり、0°,30°に比較して45°で有意に遅延していた(p=0.009;p=0.006)。若年群の反応時間はStatic条件で、0°(0.32秒),30°(0.34秒),45°(0.35秒)、Step条件では0°(0.33秒),30°(0.32秒),45°(0.34秒)であった。若年群において、有意な交互作用はみられなかったが、視角の主効果がみられ(p=0.02)、いずれの課題条件でも周辺視野で反応時間が遅延していた。
【考察】
若年、高齢両群において中心視野に比べ、周辺視野で反応時間が遅延していたが、運動課題の影響は高齢群のみに認められ、周辺視野(45°)でさらなる反応時間の遅延を示した。周辺視野のターゲット提示に対する反応時間の遅延は、網膜編心度効果と呼ばれる現象である。高齢者では運動課題に注意を奪われ、周辺視野に対する注意配分が低下し、網膜編心度効果以上の反応速度の低下が生じたものと考えられる。周辺視野における刺激に対して、運動中であっても静止時と同じ速度で反応可能な若年者に対し、高齢者は運動中には、静止時と同じ速度で反応できる範囲、すなわち機能的視野が狭小化していることが考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
高齢者の運動中の視野について分析した報告はなく、理学療法分野では評価や治療の対象となることは今のところほとんどない。これに対し、本研究で明らかとなった、運動中における高齢者の機能的視野の狭小化は、転倒や交通事故の要因となりうる。安全な移動能力を獲得するためのアプローチを行う理学療法士にとって、運動中の機能的視野は評価・治療の対象とすべき身体要因の一つであると考える。

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© 2011 日本理学療法士協会
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