文化人類学
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特集 指し示すことをめぐるダイナミクス――言語人類学と指標性
掛け合い歌はどのように場に埋め込まれるか
ラオスのカップ・サムヌアを事例に
梶丸 岳
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2020 年 84 巻 4 号 p. 463-481

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抄録

あらゆるコミュニケーション出来事は場のなかで、さまざまなレベルにおけるコンテクストに埋め込まれ、またコンテクストを生み出しながら展開される。これを分析する上で基盤のひとつとなっているのがパース記号論、なかでも指標性の概念である。本稿では指標性を考える上で中心的役割を果たしている、ヤコブソンの詩的機能論を発展させたシルヴァスティンのコミュニケーション論と、それに依拠した小山の出来事モデル、さらに具体的な詩的実践を分析してきた民族詩学を理論的背景とし、ラオスで追善供養儀礼の夜に行われる掛け合い歌「カップ・サムヌア」がどのようにコンテクストに埋め込まれているのかを分析した。

カップ・サムヌアの掛け合いは「儀礼に関する掛け合い」、「カップ・トーニェー(疑似恋愛の掛け合い)」、「(おひねりをくれた)聴衆への言祝ぎ」に分けられる。儀礼に関する掛け合いでは現実の場を基盤としつつ象徴的世界を指標し、理念的な追善供養儀礼のプロセスをパフォーマティヴにコンテクスト化する歌が歌われていた。そこではあくまで「今・ここ」と地理的・観念的に繋がった世界として象徴的世界が表現されていた。カップ・トーニェーでは現実とは切り離されたやりとりとして歌が交わされていた。さらに聴衆への言祝ぎでは指標性の高い表現によってこうしたコミュニケーション構造が一時的に変更され、象徴的世界が「今・ここ」に繋げられていた。

最後にこうした掛け合いを支える、カップ・サムヌアのスタイルを構成するものとして、反復される「一定の音響」の存在を指摘した。カップ・サムヌアはこの一定の音響が指標する解釈枠組みを基盤としつつ、歌い手がフッティングを変化させながらさまざまな「声」を掛け合いのなかに響かせ、多彩な詩的表現を駆使して指標性に基づくテクスト化/コンテクスト化と詩的機能によって象徴的世界と経験世界が繋ぎ合わされていく実践なのである。

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2020 日本文化人類学会
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