主催: 日本毒性学会
会議名: 第50回日本毒性学会学術年会
開催日: 2023/06/19 - 2023/06/21
医学の実践は科学に基づかねばならないが,日常診療における科学的側面の一つとして,病歴や身体所見を論理的に正しく解釈し診断に至るプロセスを意味する臨床推論がある.しかし,患者の訴えは主観的要素が強く,さらに患者背景によっては情報の真偽が不明瞭となるため,主訴を適切な医学用語に翻訳できず,さらにその事象の発生メカニズムを認識できなければ容易に診断エラーに至る.特に救急搬送事案では,意識障害やショックにより緊急性が高く病歴が限られていることも多く,臨床推論に必要な情報が少ない場合もあるが,その状況においてもバイタルサインや視診は客観性が高い情報として有用である.中毒診療におけるトキシドロームはまさにこの考え方を表したものであり,バイタルサインや視診などから破綻している正常メカニズムを類推し,追加病歴や身体所見の情報を集めることで,検査に依らない迅速な病態の理解と治療介入が可能となる.この際,恒常性が保たれていれば通常安定しているバイタルサインや身体反応の僅かな異常に気付くためには,自律神経を中心とした正常メカニズムの理解が必須なのである.一方,医学の実践においては病状説明や患者教育も重要であるが,接遇はもとより正常メカニズムをもとにした丁寧な病態の説明により,患者・家族との信頼関係が構築される.しかし,昨今の医学教育においては基礎医学と臨床医学の融合の重要性が謳われているものの,実際にそのような観点で教育している指導医は残念ながら少なく,キーワードやカットオフ値によるフローチャート,アルゴリズム,語呂などの病名の羅列的鑑別に基づく指導が多くなった結果,本質の理解が不十分なまま治療がなされているケースも少なからず存在する.急速に進化する技術を適切に利用し,オーダーメードでベストな医療を提供するためにも,普遍的な恒常性維持のメカニズムを熟知した臨床医学の実践が我々臨床医の責務である.