日本毒性学会学術年会
第50回日本毒性学会学術年会
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年会長講演
生命科学のパラダイムシフトと毒性学の進展
*北嶋 聡
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抄録

 パラダイムシフトとは、パラダイム、すなわち、その時代や分野において、当然のことと考えられていた認識や思想、社会の価値観などが、革命的にもしくは劇的に変化することをいう。パラダイムとは、もともとは、科学哲学者のトーマス・サミュエル・クーンにより、主著『科学革命の構造』において提唱された概念であるが(1962年)、原義から拡大解釈されて一般化されて用いられている。旧パラダイムでは説明できない例外的な問題が徐々に蓄積し、その結果、パラダイムは危機に陥るが、やがて、異端とされる考え方の中から問題解決のために有効なものが現れ、全く新しいパラダイムが登場する。こうして科学は進歩してきたのではないだろうか。  

 毒性学は、生命科学のパラダイムシフトともいえる進展を貪欲に吸収することにより進歩してきたというのが私の実感である。このパラダイムシフトの例として具体的には「定性→定量」(無毒性量やリスク評価等)、「相関関係→因果関係」(遺伝子改変動物の利用、トキシコゲノミクスやシステム毒性学等)あるいは「一般則を帰納的に推論→ゲノムを基にシステム全体を演繹的に推論(エピジェネティクス等)」を挙げることができる。ヒトと社会に役立つように、もっとも望ましい姿に調整する「レギュラトリーサイエンス」も挙げることができる。人工知能技術導入にも積極的で、ナノマテリアルなど新素材に係る毒性評価にもすばやく取り組み、分子生物学の導入による「機能学と形態学との垣根越え」もいち早く経験したようにおもえる。こんなに先進的で興味深い学問を、私は他に知らない。  

 毒性学が、新しいパラダイムの登場を畏れず、むしろ歓迎する学問であり続けることを願ってやまない。

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