近年、血液脳関門等の防御機構が不十分である胎児期および授乳期において環境化学物質を曝露されることにより、中枢神経系の発達異常および成長後の行動異常が惹起されるといった概念が一般化されつつある。また、甲状腺ホルモンは中枢神経系の発達に重要な役割を担っていることから、甲状腺ホルモンかく乱作用を有する環境化学物質の中枢神経発達障害が懸念されている。そこで本研究では、臭素系難燃剤として広く使用されているものの、甲状腺ホルモンかく乱作用が懸念されている decabromodiphenyl ether (DBDE) の胎児期および授乳期慢性曝露の中枢神経発達に及ぼす影響を行動薬理学的に検討した。まず、methamphetamine (METH) 誘発報酬効果に及ぼす DBDE 慢性曝露の影響を検討した結果、DBDE の曝露量に依存した METH 誘発報酬効果の有意な抑制が認められた。一般に、脳内報酬系には中脳辺縁 dopamine 神経系が重要な役割を担っていることが知られている。そこで、中脳辺縁 dopamine 神経の投射先である側坐核における dopamine の遊離量を in vivo microdialysis 法に従い検討した。その結果、DBDE を慢性曝露された動物において、側坐核における細胞外 dopamine 濃度の著明な減少が認められた。なお、これらの現象は、陽性対照として用いた甲状腺ホルモン阻害薬である propylthiouracil の胎児期および授乳期慢性曝露においても認められた。以上の結果から、DBDE の胎児期および授乳期慢性曝露により、dopamine 神経の発達障害が惹起されることが明らかとなり、これは、DBDE が有する甲状腺ホルモンかく乱作用に起因する可能性が示唆された。