日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 618
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愛媛県松山市久谷地区における「お接待」を活用した地域づくり活動の展開と宗教文化の地域資源化
*渡邉 洋心
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抄録

1.はじめに

 現代社会において,宗教文化は観光や文化財として活用される資源としての側面を持つ。この流れを卯田(2023)は宗教の資源化と表現し,観光資源化と文化資源化(文化財化)の2つに大別した。一方,宗教文化の活用は,地域づくり活動の形で行われる例もある。地域づくり活動としての宗教文化の活用は,観光資源化や文化資源化が観光産業や文化財制度という共同体の外部からもたらされた制度を前提としていることに対し,それらの諸制度の影響が少ない点に特徴がある。また観光資源や文化財とはみなされていないローカルな宗教文化も,地域資源として地域づくりに活用される。これらを踏まえて本稿では,愛媛県松山市久谷地区における「お接待」を活用した地域づくり活動を事例に,「お接待」に地域づくりとしての役割を期待する地域内外の社会背景を踏まえた上で,お接待所が持つ機能や地域住民による価値づけに注目し,地域づくり活動における宗教文化の地域資源化について考察する。

2.研究対象と研究手法

 お接待は,四国遍路の巡拝者に対して金銭や飲食物,宿や移動手段などを提供することにより,それを実施した人物に四国遍路と同等の功徳があるとされる宗教文化である(佐藤2006)。お接待は近年,地域コミュニティの再興や文化財の利活用など地域づくりの文脈でも実施される。本稿では地域づくりの意味合いが強い場合は「お接待」,宗教文化としての意味合いが強い場合はお接待として表記する。

 愛媛県松山市久谷地区は荏原地区と坂本地区に大別できる。両地区では2024年現在,荏原地区で渡部家住宅お接待所,坂本地区で坂本屋お接待所が「お接待」を実施している。両お接待所ともに,地域内外から社会的な役割を期待され始まったもので,地域コミュニティの拠点施設や文化財の利活用の文脈を意識して活動が行われる。本稿では,両お接待所への参与観察,および比較的新しいお接待所である渡部家住宅お接待所の参加スタッフに聞き取り調査を実施した。

3.結果と考察

 渡部家住宅お接待所は地域にとって,①高齢者同士のコミュニケーション,②地域住民と来訪者の交流の場,③文化財の利活用の3つの機能を持つ。これにより参加スタッフは交流範囲が拡大,来訪者との関わりにより久谷地区を意識し,文化財の利活用を通じ歴史の中に久谷地区を位置づける。これらを通じて、お接待所への参加はスタッフによる「久谷地区」の再評価を促す。

 久谷地区の住民は久谷地区を「①松山市の一部としての久谷地区(1968年までの久谷村)」,「②久谷地区の中の荏原・坂本(1956年までの荏原村・坂本村)」,「③両地区の中の大字(1889年(町村制施行)までの村)」,「④大字の中の小字」の4つの異なったスケールで認識している。地域住民はこれらを場面によって使い分けるだけでなく,個人ごとに漠然とした「地域」を想起する際には,それぞれの地域との関わりに応じて異なった空間スケールを念頭に置く。町内会や婦人会などの地域に埋め込まれた活動を実施するスタッフは③や④,地域社会との関わりが希薄なスタッフは②,久谷地区まちづくり協議会などに参加しており地域づくりの中核的役割を果たすスタッフは①を指して「地域」とみなす傾向がみられる。各スタッフが想起する地域スケールは,個人のお接待に対する価値づけとも関連する。③や④であれば「宗教文化」として,②なら「ボランティア」として,①であれば「地域づくり」として,「お接待」を価値づける傾向にある。特に①のスタッフは「宗教文化」としてのお接待を把握したうえで,「地域づくり」の一環として「お接待」を戦略的に活用している。

 かつては巡拝者と地域住民の相互贈与の関係性で成り立つ宗教文化であったお接待は,現在では宗教文化の文脈を超えた地域資源である「お接待」として,久谷地区の地域アイデンティティとなっていると考えられる。

卯田卓矢 2023.宗教の地理学.日本地理学会編『地理学辞典』354-355.丸善出版.

佐藤久光 2006.『遍路と巡礼の民俗』人文書院.

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