日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 202
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中央アジア,天山山脈北部地域の氷河起源型岩石氷河の形成環境
*水野 向陽奈良間 千之奥山 駿
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抄録

1.はじめに

岩石氷河は,山岳永久凍土の指標地形として知られており(Barsch,1996),岩屑と内部氷の供給源の違いから「崖錐起源型」と「氷河起源型」に分類される(松岡,1998).「崖錐起源型」は背後の岩盤から供給された礫で形成された崖錐に残雪や地下水が永久凍土の供給源となり発達するタイプである.「氷河起源型」は岩石氷河の上流部に氷河が存在し,氷河の縮小過程で堆積した岩屑や氷河氷,氷河からの融氷水が供給源となり発達するタイプである.「崖錐起源型」岩石氷河の研究事例は多いが,分布地域が限られる「氷河起源型」の岩石氷河の形成環境は明らかでない.本研究地域の天山山脈北部地域は全岩石氷河のうち,「氷河起源型」岩石氷河が6割を占める特異な地域であり,末端に岩石氷河を持つ氷河とモレーンを持つ氷河が存在する.山岳永久凍土は乾燥地域の水資源として重要な役割を担うため,岩石氷河の形成環境やその分布を知ることは重要な課題である.そこで本研究では,天山山脈北部地域のテスケイ山脈において,衛星画像解析とGISを用いて「氷河起源型」岩石氷河の空間分布やその形成環境を調べた.

2. 研究地域

研究地域は,キルギス共和国領の天山山脈の一部を構成するテスケイ山脈である.テスケイ山脈はイシククル湖南側に東西に延びる標高3000〜5000mの山脈である.東西で降水量が異なり,山脈西部南側に位置するKarakjur観測所(2800m)の年降水量は366mm,山脈東部北側に位置するChong-Kyzylsuu観測所(2555m)で598mmである.春〜夏に降水量が多く,夏期には山岳氷河の融氷水が河川水量の3〜4割を占める(Narama et al.,2009).

3. 研究手法

テスケイ山脈の岩石氷河の空間分布を調べるため,空中 写真,Corona衛星写真,PlanetScope衛星画像,Google Earth Proの衛星画像を用いて岩石氷河の地表面の形態的特徴である前縁斜面,表面の畝溝,凸型横断面,表面水流の有無などから岩石氷河を抽出した.次に,ALOS-2/PALSAR-2を用いた差分干渉SAR(DInSAR)解析により地表面変化がみられる岩石氷河を抽出し,埋没氷を含む「活動・停滞型」の「氷河起源型」岩石氷河とした.岩石氷河の岩屑供給域となる岩壁を抽出するため,PlanetScope衛星画像とGoogle Earth Proの衛星画像を用いて,GIS上でポリゴンデータを作成した.岩壁の抽出範囲はNagai et al(2013)を参考に,氷河上部から岩石氷河末端までとした.

4. 結果

テスケイ山脈で確認された「氷河起源型」岩石氷河は107個あり,その約7割が山脈北側の北・北東・北西斜面に分布していた.分布高度は山脈北側で3071m以上,山脈南側の東・南東・南斜面で3604m以上であった.日射をあまり受けない山脈北側に存在する岩石氷河は面積と標高差が相対的に大きく,長大な「氷河起源型」岩石氷河が形成されていた.岩石氷河と岩壁面積の相関を調べた結果,岩石氷河の面積が大きくなると岩壁面積も大きくなる正の相関がみられた(相関係数r=0.755).しかし,モレーンを持つ氷河でも十分な岩壁面積であったため,岩壁面積は岩石氷河の発達に関与するが,岩石氷河形成の十分な条件ではなかった.次に,氷河氷と岩屑の供給割合に着目し,氷河面積と氷河と接する岩壁面積の割合を算出したところ,山脈北側で岩壁面積の割合が大きい環境で「氷河起源型」岩石氷河が形成されていることがわかった.しかし,日射を多く受ける山脈南側では,岩壁割合が高くても岩石氷河が形成されない氷河も確認された.また,降水量の多い東側では,岩石氷河になる岩壁割合は乾燥した西側よりも高かった.

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