日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P025
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田園回帰は持続可能社会のキーになりえるか
6年間のフィールドワークをもとに
*一ノ瀬 俊明
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抄録

COVID-19の世界的な流行は,先進国・発展途上国を問わず大都市から農村への移住,つまり田園回帰を加速させたといわれる。「田園回帰」は,過疎地域において都市部からの人の移住・定住の動きが活発化している現象と定義できる(小島ら,2018)。また,LOHASという生き方も世界的なトレンドとして認識されるようになってきている。進学のために離郷上京する投資が将来「回収」可能かどうかは,世界的な「学歴社会」化の動向にも関わらず,今後の学歴構造の変化にも影響を与えうると考えられる。 移住者が働くことを通じて地域創生に貢献する田園回帰とは対照的な「ライフスタイル移住」は,裕福層の自己実現手段の一つとされ,高学歴の終身雇用労働者の事例が議論されている(O’Reilly and Benson eds., 2009)。そしてこれとは対極的な移住とも考えられるが,LOHASに近い概念としてのDownshiftingがあり,ライフワークバランスを優先した結果,大都市における(比較的高い)地位や収入を手放し,地方に移住する事例も増えている。 磯田(2017)は田園回帰と反都市化(Counter-urbanization)との関連性を論じており,欧米では農村のジェントリフィケーション(Gentrification)と反都市化が密接な関係にあると認識されている(Mitchell, 2004)。田園回帰の現場においていわゆるジェントリフィケーションが起こるのかについては,研究事例が不足している。Janoschka and Haas (2017)は,地方におけるジェントリフィケーションが引き起こす地域のコンフリクトについて論じている。一方西村ら(2015)は,旧住民と移住者の関係成熟プロセスを分析し,彼らへの必要な支援のヒントを提示している。 そこで本研究では田園回帰とジェントリフィケーションの関係が観察できるフィールドとして,演者の出身自治体である長野県上伊那郡辰野町を選び,2016年から約6年間にわたり,辰野町周辺における「地域おこし」活動ステークホルダーを対象としたインフォーマントとの対話,活動における参与観察を行った。この参与観察においては,旧来の地域住民(高齢化に直面する中でのコミュニティと公共サービスの維持がメジャーな課題)と,(Iターン人材,総務省の地域おこし協力隊,活性の高いNPOなど)SNSなどを通じて遠くからもその活動が見えやすいステークホルダーとの「温度差」に注目した。 東日本大震災を契機に辰野町へIターンしたという事例は少なくないが,そうした移住生活の実像には,田園回帰の国際的イメージの一つであるFIREなどとは程遠い,徒手空拳的な事例も散見される。つまり,都会の競争社会から降りてLOHASを求めるようなケースもある。また最近では,そのような傾向を賛美するかのような報道での取り扱いもあり,旧住民からの違和感を招いているケースもある。これらステークホルダーへの聞き取りによれば,今日の問題としては,就労機会,教育,分断の3つがあげられる。 旧住民が利便性の向上を望む一方,大都市から来た移住者のなかには,不便の中の豊かさや,自らが作り上げる主体性を求めている人もあり,個人としての夢の実現のベクトルが異なっている。短期的な移住施策のみならず,長期的に町に関わりを持つ「関係人口」を増やすことは,経済効果や将来的な移住,起業につながると考えられる一方,このような二極化,分断の顕在化とともに,行政が択一を迫られたときの混乱が懸念される。 地方自治体が政策を考える上では,地域の発展(人口,経済など)のみならず,持続可能性も重要である。たとえば,地域の子供が「選びたい道」を選び,その選択なりの郷土への貢献ができる教育をきちんと残したいものである。しかし,地域における就労の機会創出という甘い話だけではなく,国土や社会の構造,(高学歴・高収入などに象徴される上昇志向を基調とした)人々の価値観にメスを入れるような荒療治の政策が必要となる可能性もある。

参考文献

小島ら(2018):地理,63, 6, 14-67

O’Reilly and Benson eds. (2009): Lifestyle Migration : Expectations, Aspirations and Experiences, Routledge

磯田(2017):日本地理学会秋季学術大会要旨集,100099

Mitchell (2004): Journal of Rural Studies, 20, 15-34

Janoschka and Haas (2017): Contested Spatialities, Lifestyle Migration and Residential Tourism, Routledge

西村ら(2015):都市計画論文集,50, 3, 1303-1309

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