日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 202
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発表要旨
スケール概念の活用力を高める地理授業の実践研究
中等地理教育の一貫性に着目して
*木場 篤吉田 剛
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抄録

1.はじめに

ディシプリンとしての地理学と同様に,地理教育でも地理的概念の扱い方は肝要である.地理的概念の一つであるスケール概念,特に地理的スケールを活用した地理授業実践は,地域問題やグローバル・イシューを考察する際に有効である一方,地理的な見方・考え方としては抽象的であるため,教師,学習者(生徒)ともにスケール概念の意識化が求められる(吉田 2017; 木場 2019).これに鑑みて,木場・吉田(2020)は,地理的スケールの可視化を通した地理授業実践のあり方を提案することで,教師,学習者ともにスケール概念を意識して,複数のスケールを交錯する社会的事象の理解,さらには,さまざまなスケールに介在する問題に対して,学習者の日常的実践を踏まえた考察が可能であることを主張した.本研究では,スケール概念を活用した地理授業がさらに効果的に実践できるよう,地理的スケールに関する議論を整理した上で,中等地理教育の一貫性に着目した教材開発の必要性を問う.

2.スケール概念の特徴を踏まえた中等地理教育のあり方

スケール概念の特徴は単純でないため,中等地理教育においてスケール概念を扱う際に留意が必要である.

Passi(1991)によると,地誌学研究者は家族内のプライベートな社会関係,空間的アイデンティティにおけるパーソナルな経験など,人間生活のスケールに注意を払うべきだと指摘する.このことは中等地理教育でも同様に,メタ認知能力育成の観点から,授業の主体者となる学習者が地域の主体を担うパーソナルなスケールに「まなざし」を向けることで,学習者自身の経験を踏まえた地域問題やグローバル・イシューの考察が求められる.

一方で,スケール概念の特徴によっては,必ずしも中等地理教育全体に適用することが望ましくない場合も考えられる.例えばBrenner(2001)は,地理的スケールを理論的に把握するための方法論的仮定の事例として,スケールは複数の形態やパターンによって構造化しており,ピラミッドではなくモザイク状に構成されていることを挙げている.またPassi(2004)は,スケールは主体者の日常的実践を通じて継続的に形成され,社会的・政治的実践や闘争の中で変容することがあると指摘する.これらの場合,複雑で有機的なスケール構造を捉えなければならず,学習者のスケール概念の意識が定着していない状況で実践を試みても,授業が破綻する可能性が高い.よって,これらの特徴を考慮した地理授業は,中学生よりも基礎知識が豊富な高校生を対象にした方が高い効果を得られると仮定する.

3.授業実践の概要

本研究では,高等学校第2学年を対象としており,対象生徒は中学校でもスケール概念を援用した授業を経験している.授業実践は,「ガイアナの石油から地域問題やグローバル・イシューについて考察する」というテーマで試みた.20枚の情報カードをもとに,ガイアナに住む,かつてさとうきび農家で現在無職のA氏,石油による経済発展に期待して政府融資によって養鶏場を建設したB氏,忍び寄る海水によって農地が荒廃したために海壁修理の作業員をするC氏の3人の状況をパーソナルなスケールに見立てて,マルチスケールを意識しながら整理,考察を行った.なお,本授業実践でも,木場・吉田(2020)と同様に地理的スケールの可視化を試みている.

情報を整理する中で,ガイアナの石油をめぐる情勢の変化や政策が読み取れるが,その背景について,政治や歴史的文脈から読み解く民族問題,気候変動問題,ベネズエラとの領土問題,COVID-19に伴う影響など,複数の事象を考察しながら,ガイアナを地誌的,総合的に捉える授業実践としている.最後に,ガイアナにおける地域問題やグローバル・イシューに対する解決策を,学習者自身の立場(学習者のパーソナルなスケール)を踏まえて考察した.

4.おわりに

スケール概念の特徴が複雑であるゆえに,全ての授業実践において画一的に扱うことが難しい.中等地理教育でスケール概念の意識化を図るためには,対象となる学習者の発達段階を踏まえながら,どのようなスケール概念の特徴を援用するのかを考慮に入れる必要がある.その上で,一貫してスケール概念を援用した授業実践の構築がなされるべきである.

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© 2021 公益社団法人 日本地理学会
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