日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S304
会議情報

発表要旨
都市圏における社会経済的居住地域分化の要因に関する実証分析
*上杉 昌也
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

I 背景

 1980 年代以降,先進諸国を中心に経済格差の拡大とともに,都市内部での社会経済的居住地域分化の拡大が指摘されてきた.これまで日本では,因子生態研究や社会地図研究において,伝統的に都市内部でのセクター状に対応した居住地域構造が見いだされてきたが,近年では都心を中心とした同心円状へと空間パターンが変化しつつあることが指摘されている.しかしこれらの研究では,居住地域分化の水準を定量的に把握したり,その構造的な要因を明らかにしたりすることが課題として残されている.

 そこで本報告では,上杉(2019)をもとに,全国 100 の都市圏を対象とした実証分析により,地域格差の一形態である社会経済的な居住地域分化の実態とその構造的要因について検討する.

II 社会経済的居住地域分化の実態

 本分析では平成 27 年国勢調査小地域集計の職業別就業者数データを用いて,すべての大都市雇用圏(中心都市の DID 人口が 5 万人以上,郊外都市を中心都市への通勤率が 10%以上の市町村によって設定された都市圏)における小地域単位での居住地域分化の水準を計測した.具体的には,ホワイトカラー就業者〔管理的職業,専門的・技術的職業,事務従事者〕とブルーカラー就業者〔生産工程,輸送・機械運転,建設・採掘,運搬・清掃・包装等従事者〕の空間的分離を表す相違指数(DI: Dissimilarity Index)により定義した.

 その結果,全国 100 都市圏の平均 DI は 0.18 であり,半数以上の都市圏の DI は 0.15〜0.20 の範囲であった.一方,最も低い富士都市圏(DI=0.10)と,最も高い仙台都市圏(DI=0.28)では,2 倍以上の差がみられた.

III 社会経済的居住地域分化の要因

 国内においても都市圏によって居住地域分化の水準が異なる要因を明らかにするにあたり,これまでの国際比較研究において指摘されている理論的枠組みが適用できるのかを検証するため,下記の都市圏特性を変数化し,DI を説明する多変量解析を行った.

①経済格差:世帯収入ジニ係数(平成 25 年住宅・土地統計調査) ②産業構造:生産者サービス割合(金融・保険,不動産・物品賃貸,学術研究・専門・技術サービス業就業者の割合)(平成 27 年国勢調査)

③福祉・住宅政策:公的住宅立地指数(平成 27 年国勢調査)

④都市ガバナンス: 政令市ダミー(含む都市圏=1)

その結果,上記の 4 つの都市圏スケールの構造的要因は DI の水準に対して,それぞれ仮説通り統計的有意に独立な効果を持っている.すなわち,①経済格差の水準の高い都市圏,②生産者サービス職の割合が高い都市圏,③公的住宅の空間的偏在度の高い都市圏,④地方自治体がより多くの権限を持つ都市圏ほど社会経済的居住地域分化の水準が高いといえる.

IV 考察

 ①に関しては従来想定されている通りであり,②も Sassen の社会的分極化論に整合するものであるが,これまでの都市地理学研究を踏まえると,ジェントリフィケーションなどのプロセスを通して都心部での高所得層の集中という空間的な分化を導いているものと考えられる.ただし,社会と空間の分化は必ずしも同時に進行するわけではなく,両者の関係を緩和あるいは強化する様々な要因も同時に考慮する必要がある.その例として,本分析の結果からは③ の住宅政策や④の都市ガバナンスの影響を挙げることができる.国内における住宅政策の差異としては,これまでの公的住宅の立地展開が大きく反映されていると考えられるが,特に公営住宅に関しては福祉的性格が強いため特定の居住者層に偏りやすく,居住地域分化の形成に貢献しやすい.また日本では分権化の流れの中で,都市空間への影響が大きい都市計画分野においても基礎自治体への権限の委譲が進んでいる.そもそも日本において居住地域分化の水準の高さが負の外部性をもたらすのかは慎重に検討する必要があるが,上位の都市空間の統制が弱まる中での都市政策の展開は,社会経済的な変化がなくても居住地域分化が進む可能性を示すものといえる.

著者関連情報
© 2020 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top