日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 503
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発表要旨
1600〜1910年の朝鮮半島における風水害記録の残存状況およびその分析
*小林 雄河
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抄録

報告者は小氷期における台風活動の全地域的な長期変動を解明することを目標に、17世紀以来の東アジア各地域における台風活動の復元に取り組んでいる。朝鮮半島は九州北部や中国の東部沿海地区に上陸または接近した台風が通過するルート上にあり、太平洋高気圧などの活動により、台風経路の東西方向の振れ具合や台風そのものの数も影響を受ける。

 本研究では主に李氏朝鮮の『朝鮮王朝実録』(収録期間:1392〜1928年)・『承政院日記』(1623〜1910年)と国立国会図書館所蔵の『対馬宗家文書 倭館館守日記』(1687〜1870年)を用いた。中でも『承政院日記』は総数3,243冊、2億4250万字に及ぶ長大な記録群であり、その内容は毎日の天気・降水量(1770年以降)・漢城(現ソウル)や国内の災害など多岐にわたる。王宮内の倒木や建築物について王に伐採や修理の許可を求める記載もあり、風水害の影響が詳しく観察できる。

 『朝鮮王朝実録』は干支日による記載であるが、韓国国史編纂委員会のデータベース(http://sillok.history.go.kr)にはそれを旧暦の暦日に置き換える際に生じたと思われる1〜2日程度のズレが複数個所で見られた。さらに西暦に関しては『承政院日記』(http://sjw.history.go.kr)も含めて「年」までの表示であり、旧暦と新暦の対照ができない。台風などの気象災害は1〜2日程度で通過してしまう現象であるため、朝鮮半島内あるいは近隣地域との暦日誤差は風水害の復元精度に大きく影響する。そのため、『朝鮮王朝実録』・『承政院日記』の1600年以降の期間において現存するすべての暦日を干支日に従って整理し、西暦および日本・中国の暦日と対照できるようにした。

 現時点では1600〜1910年の311年間で179回の台風と推定される風水害が確認できている。そのうち、中国の華東地域あるいは山東半島を経て朝鮮半島に至るものは1680〜1878年において16回確認できた。

 1810年代以降は『承政院日記』の風水害記録が減少し、中国や日本で大規模な風水害が多発する1820〜1830年代においても、台風と推定される風水害は20年間で6回しか見られない。また1944年中央気象台編『日本台風資料』所載の1891年以来の台風経路のうち、朝鮮半島に上陸あるいは接近した21回の台風記録のうち史料の記載と符合するものは2回のみであった。1810年代以降は、山東半島など中国の比較的朝鮮半島に近い地域の風水害記録を参考にするとともに、制度として確立されていた李氏朝鮮観象監の雨量報告制度を利用した降水量からの(風)水害の推測を行うことが必要である。

 史料では、おおむね新暦9月以降は降雹を伴った風水害が増えるが、これが太平洋由来の台風など熱帯低気圧(および熱帯低気圧くずれの温帯低気圧)によるものか、大陸由来の温帯低気圧によるものかを判別するためには、大陸側や九州北部・沖縄などの風水害記録と連携させて経路分析を含めた推測を行うことが求められる。

 以上の結果から、17世紀以降の朝鮮半島においては、日本と同様、日記資料による台風などの風水害の復元を行うことが可能であるといえる。

文 献

和田雄治 1917.朝鮮古代観測記録調査報告.朝鮮総督府観測所『朝鮮古代観測記録調査報告』30-78.朝鮮総督府.

朝鮮総督府 1928.『朝鮮の災害』朝鮮総督府.

小林雄河 2016.17世紀以来の日本における台風活動の復元.陝西師範大学修士学位論文(中国語).

金鎭冕 1972.韓国に影響を及ぼした台風の調査(1904〜1970).韓国気象学会誌 8(1): 39-48(韓国語).

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