日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P120
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発表要旨
将来気候下における日本全国市区町村別の熱中症リスクマップの作成
*佐藤 亮吾日下 博幸佐藤 拓人
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抄録

I. 序論

 現在、日本では暑熱環境の悪化に伴う熱中症患者数の増加が大きな社会問題となりつつある。今後、温暖化が進行すれば、このような熱中症による人的被害がさらに深刻化することが懸念されるため、そのリスク評価を行うことが急務である。そのリスクのひとつとして、救急搬送者数の増加や病床数の逼迫といった、救急医療体制への負荷の増大が考えられる。しかし、熱中症リスクの将来予測に関する先行研究では、専ら死亡者数を対象としたものが多く、救急医療体制への負荷についての議論は不十分である。

 そこで、本研究では、熱中症救急搬送者数(以下、搬送者数と呼ぶ)を予測するモデルを用いて、救急医療体制への負荷の評価に資する、日本全国市区町村別の搬送者数の将来予測を行った。

II. 手法

 搬送者数の将来予測には、搬送者数の日別値を目的変数とし、日最高気温を説明変数とする予測モデルを用いた。日最高気温データは、将来気候予測データセットであるNARO2017-V2.7rから取得した。排出シナリオはRCP2.6およびRCP8.5、GCMはGFDL-CM3、HadGEM2-ES、MIROC5、MRI-CGCM3を選択した。期間は1981〜2000年(現在)、2031〜2050年(近未来)、2081〜2100年(21世紀末)の3期間とした。

III. 結果

 まず、将来にわたって人口動態が変化しないと仮定して予測を行った。その結果、近未来の日本全国の搬送者数は、RCP2.6シナリオでは1.3〜2.9倍、RCP8.5シナリオでは1.5〜3.3倍に増加する(それぞれ現在比)と予測された。また、21世紀末では、RCP2.6シナリオで1.4〜3.3倍、RCP8.5シナリオで3.2〜13.5倍に増加する(それぞれ現在比)と予測された。

 続いて、2040年の将来推計人口に基づいて、人口動態の変化を考慮した予測を行った。RCP8.5近未来気候下における搬送者数増加率は、北海道や関東で特に高い。北海道では、他の地域に比べて気温上昇量が大きいことが影響していると考えられる。一方、首都圏をはじめとする都市部では、気温上昇に加えて、人口動態の変化(特に高齢者人口の増加)による寄与が大きい。特に、東京都の場合、気温上昇による増加率が+139%、人口動態の変化による増加率が+26%に達する。さらに、東京都を対象に、救急車稼働率や熱中症入院患者による病床占有率を試算した。その結果、期間中で最も暑い日には、ピーク時(熱中症患者の救急搬送が集中する正午頃)において熱中症患者の救急搬送だけで救急車稼働率が108%に達し、救急搬送体制が逼迫する恐れがあることが示唆された。一方、熱中症入院患者による病床占有率は、最高でも10%に留まった。

IV. 結論

 日本全国の各市区町村を対象として、人口動態の変化を考慮した熱中症救急搬送者数の将来予測を行った。RCP8.5近未来気候下における現在比の搬送者数増加率は、北海道や関東で特に高いことが分かった。さらに、東京都では熱中症患者数の増加によって救急搬送体制が逼迫する恐れがあることが示唆された。

謝辞

 本研究は、文部科学省気候変動適応技術社会実装プログラム「気候変動の影響評価等技術の開発に関する研究」JPMXD0715667165の助成を受けた。また、本研究の一部は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20192005)により実施された。

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