日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 434
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発表要旨
低湿地遺跡の環境復元と泥炭層の分解度
*阿子島 功
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抄録

1.目 的
 埋没している低湿地遺跡の古環境復元にあたって、微地形・遺構と遺物のありよう・泥炭の分解度の相互の関わりから、当時の生活面の状態や地下水面との関係を,主に山形県高畠町押出(オンダシ)遺跡と山形県遊佐町小山崎遺跡の例によって述べる。この課題は押出遺跡第1-3次発掘調査(1985-87)によって述べた(第四紀学会1988、月刊地理33-5)が、同第6次調査(2015)、小山崎遺跡調査総括報告(2015)などにもとづいて再整理した。腐植の分解・未分解は、小山崎遺跡(縄文時代、潟湖~後背湿地)、天童市西沼田遺跡(古墳時代、最上川後背湿地)、山形市嶋遺跡(古墳時代、扇状地外縁の湿地)の低湿地遺跡でも観察できた。

2.分解された泥炭層と分解されていない泥炭層
 山形県米沢盆地北部の大谷地低地の押出遺跡の縄文時代前期の遺物包含層は地表下約2m付近にあり、古環境復元に次の2点が鍵となる;
 (1) 遺物包含層層の広がりは、水辺の地表面(いわゆる生活面)から遺物の流れ込む浅い水部にわたっている。
 (2) 押出遺跡の泥炭層は、植物遺体の組織が残っている"未分解泥炭層の層準"と腐植が分解された"黒泥状の層準"とがある。泥炭層の母材となる植物遺体が堆積した後、ひきつづき水中にあれば分解されることはなくて植物の組織がそのまま残るが、堆積中もしくは堆積後に(常時または季節的に)地下水面より上で空気が通る場合には腐植はさらに分解されて植物の組織をとどめることなく泥状になる。

    3. 湿った植物遺体が水面上で腐朽する事例
 (1) 押出遺跡第6次調査(後述)で行われた珪藻分析では分解された腐植の層準では珪藻が検出されなかった。
 (2) 白竜湖周辺の水路の土留めの木杭列にはいくつかの水準に腐朽による刻みがあり、通年観察によれば現在の水位の季節変化に対応している刻みがある。
 (3) ペルー,チチカカ湖の湖岸の浮島の岸では、水中に明色の未分解植物層が、水面上の側面に暗色帯(被膜)が見える。この暗色帯がそれほど分解されていない(触ってみて固い)のは、空気が通う状態となってからの時間が短いためであろう。浮島の浮力が失われるたびに新しい水草層が踏み込まれるため、水中に暗色・明色の互層がみえる。

    4.押出遺跡の立地している地形と発掘範囲
 東西・南北約3kmの大谷地低湿地の北と東は丘陵地、西と南は吉野川と屋代川の自然堤防(幅は約500m)に限られている。押出遺跡は自然堤防と後背湿地の境界にある。深さ5mの矢板で仕切られた区画の上部2mが発掘された。
 [発掘区]  第1次(1985)―第3次(1987)の発掘区は道路建設にともなう東西幅40m×南北延長100m、第4・5次(2011-12)はこれに接して沖側の南北延長160mの水路の両岸、第6次(2015)はさらに沖側の飛び地25×5mであった。

      5.押出遺跡の基本層序と微地形
 縄文前期(大木4式1形式、遺物の14C年代では500年の年代幅)の40余の盛土住居遺構が発掘された(*住居遺構ではないとする近年の異論もある)。これらの住居跡は竪穴式と異なって打ち込み柱や転ばし根太に床土を盛り立てた構造をもち、盛り土の間のくぼ地は流れ込んだ遺物が堆積した水部であった。
 [基本層序] 地表より約3mの深さまでで第1層~第10層に区分され、第3-4,7層が分解された泥炭層である。第8層が縄文前期の遺物包含層(F)であり、高まりでは軟弱な地山層(第9層)に対して盛り立て・打ち込み・沈み込みが見える。くぼ地にある第8層下半部に流れ込みの遺物・木炭片が多く含まれている。くぼ地の第8層上半部は未分解腐植であり水中で堆積したままである。くぼ地の第8層下部の年代は微高地のF層の年代とほぼ等しく、8層上部の自然層の年代はF層の年代より若い。花粉組成では第9層は水性、8層は湿性に移行する環境変化を示す。第8層上部とF層を一様におおって第7層の分解泥炭層(下部年代は約4000 yBP―上部年代は2400yBP)が形成された。
6.水際の変化は気候変化か微地形変化か
 微高地~くぼ地はみかけの不整合面を示す。この時期の水位変化・乾湿をヒプシサーマル期前後の気候変化に対応させる考えもあるが、第1-3次と第6次の間で地層が続かない層準(第7層中位の未分解泥炭薄層)もあるから微地形の(水平的)移動によるみかけの水位変化を考えたい。

 7.立ち木の根と木柱列の残存上限高度は地下水面を表す?
 立木の根が100×40mの範囲に10本程あった。立ち木の上限高度が、残存する木柱の上限高度とともに良くそろっている。地表面ぎりぎりにそろえて伐られたとは考えにくい。*高さのそろった木柱列は上屋のある建物の柱ではなく土留めとして地表まで打ち込まれたものであるという見解もあるが腐朽によって地下水面に上面がそろう場合との識別が今後の課題となる。

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