日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 236
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発表要旨
山地集落の自立への模索
- ルーマニア・カルパチア山地における自立の可能性 -
*中台 由佳里
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抄録

ルーマニアでは2007年のEU加盟以降,経済対策を中心に社会安定化を図り、 EU標準への到達を目標にした第一次産業では整備を進めてはいるが、地域までは波及していないというのが現状である。それに対しEUでは特に条件不利地域を対象として「条件不利地域の農業援助(LFA)」の基に支援に力を入れている。<BR> ルーマニア、カルパチア山地集落における生業構造については、すでに中台ほか(2010)が報告しているが、ルーマニアの周辺地域での経済的自立は自助努力に依るところが大きい。マンパワーへの依存も高い。しかしその中にも、起業の兆しをみることができた。本研究では,ルーマニアのカルパチア山地に位置するM村を対象に,単純再生産に近い農牧業とそれを補う出稼ぎの状況を、聞き取り調査や統計データから明らかにし、農村住民の自営的自立への可能性を考証する。<BR> 山村は標高900~1150m前後のところに点在し、零細な農牧業を中心とした生業が中心である。M村は19世紀後半に複数の同族集団が寄り集まって形成されたが、現在では集団が緩やかに散らばってきている。近世以前には移動していた牧畜民が夏に出作り小屋で滞在していた地域であった。現在では、羊飼いが夏期に村の羊を放牧しながら山を移動させて飼育している。<BR> 平均的な世帯は、1軒に3,4人の中高年の夫婦を中心に構成され、ウシ・ブタ・ヒツジ・ニワトリを飼う牧畜業を営む。気候的に野菜の栽培には不適であり、ジャガイモでさえ2009年から3年続けて不作であった。農作業は機械化の余裕がなく、労働力は人と馬によるものである。<BR> 1989年以前は国の計画経済のもとで、近隣の町の工場に働きに行き、副業としての牧畜業でもウシの牛乳を回収車が毎日買い取りにやってきた。しかし資本主義化により国営企業の大半は崩壊し、村全体が収入源を失った。そのため子ども世代が出稼ぎ世代となり、外からの情報入手手段も格段に広がった。<BR> M村はピアトラ・クライルイ国立公園に隣接し、自然景観に恵まれている。村内で観光業を営むのは社会変化以前から住むドイツ人であり、村で唯一のホテルを構えている。海外からの山歩きを目的とした来客を対象にしたエコツーリズムといえる。調査中に滞在した民宿も滞在客数を伸ばしており、2件目を新築している最中だった。バンガローを建設した住民は、大学で学んだ息子の勧めで観光業に着手したという。今後の戦略としては、地の利を活かした自然資源による観光関連産業が最も身近な産業である。トラックで薪を売りに来たり、パンを毎週定期的に販売に来るニッチ起業が見られた。このような変化はすでにポーランドのカルパチア山地でも、2014年に観察することができた。公営バス路線で、乗客が見込まれる部分のみを小型ワゴン車で運営していた。しかも車種による乗り心地や本数の多さなどの競争も拡大していた。農作物の販売者が訪問販売をしたり、人も物も流通経路が確立していない地域では、都市部よりも変化は急激である。<BR> 親の世代では急激な変化に対応する適応力と資金力が不足しているため、期待は次世代である子ども世代にかかっている。成熟度の高い都市部よりも、地域には新たな起業の可能性があることが示唆される。このような変化は、都市と地方との格差が縮小せず、集落の消滅も2000年農業センサスですでに指摘されている日本の地域でも、応用できるのではないかと期待される。<BR>文献:中台由佳里・ディロマン、ガブリエラ2010. カルパチア山地集落マグラにおける生業構造の変化 -ルーマニアにおける農村の持続的発展の危機とその再生の可能性-、日本地理学会発表要旨集 77 : 182.<BR>本発表を岐阜大学の故小林浩二教授に捧げる。

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