日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 726
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発表要旨
熱帯アジアの家畜生産と流通に関する研究動向
*池谷 和信
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抄録

1.はじめに
これまで家畜(家禽を含める)の生産や流通を対象にした地理学的研究では、乾燥地域・高山地域・極北地域の牧畜や日本や欧米の畜産業を対象にした文化地理・経済地理的研究が多かった(池谷2006ほか多数)。その一方で、熱帯アジア地域の村では稲作や焼畑農業が生業の中心であり、家畜飼育についての体系的な研究は行われていない。そこで、本報告では、熱帯アジアにおける家畜生産と流通に関するこれまでの研究動向を整理することがねらいである。ここでは、熱帯アジアとは、日本の琉球列島から東南アジアの大陸部・島嶼部、および南アジアにかけての湿潤地域を対象の中心としてみなしている。また、対象となる家畜は、牛、水牛、豚、ヤギ、羊、鶏、アヒル、ミツバチなどである。筆者は、過去数年間のあいだ、バングラデシュのベンガルデルタの豚の遊牧やタイやベトナムでの鶏飼育などの現地調査を重ねてきたが、ここでは、熱帯アジアの家畜生産と流通に関する既存の研究論文を対象にする。
2.結果  これまで、日本語において熱帯アジアの家畜生産と流通の研究は多くはない。 パキスタンは中里、インドでは中里、篠田(2015)、渡辺、バングラデシュは池谷、タイは高井、増野、中井、ラオスは高井、中辻、インドネシアは黒澤、中国は野林、菅、西谷、台湾は野林、琉球列島は高田・池谷(2017)、黒澤、長濱などの事例研究が挙げられる。  まず、家畜生産については、個々の家畜や民族集団(カム、モン、ミエンほか)ごとの放牧や舎飼いなどの家畜飼養の方法、放牧地利用(慣行権ほか)、餌利用、生殖技術、社会関係(牛飼いカースト)など、家畜流通については家畜市場での取引状況、大都市の肉屋での販売、犠牲祭にかかわる家畜の消費などが注目されてきた。これらは、集落単位でのミクロな研究事例が多く、国家の家畜振興政策と家畜飼育とのかかわり、村の生産地と大都市の消費地とのつながり方の研究はあまり活発ではない。  家畜生産と流通を対象にしては、歴史地理的研究も多くはないが、現状分析には欠かせない視点である。熱帯アジアにおける個々の集落が、どのように歴史的に地域や国家のなかに結合してきたか否かの解明が必要である。筆者が研究をしているバングラデシュの豚飼育については、グローバルな動向(欧米からの豚の導入、遊牧から舎飼いへの移行など)にどうして結合していかないのかも課題として残されている。
3.考察  世界的な視野でみると、熱帯アジアの家畜(ゾウやミタンほか)は、世界のなかで最も種類が多く、遊牧、移牧、舎飼いなど飼養形態も多様である。また、家畜はイスラーム教の犠牲祭とのつながりも深く、現在でもヒンズー教の牛など宗教とのかかわりを無視することはできない。つまり、家畜生産と流通の研究には、経済、文化、歴史的視点を統合することが必要である。現在、ますます国境を越えての家畜にかかわる大企業の活動を無視することはできない。熱帯アジアにおける各地域での大企業と小規模農家とのかかわり方など、世界経済の動向や肉食需要の拡大などをみすえながら考察する。

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