日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P057
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発表要旨
園芸施設被害の発生による産地と卸売市場への影響の地域差
*両角 政彦
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抄録

   施設園芸は生産環境を制御することによって比較的安定して農産物を生産し供給できる可能性がある。その一方で,自然的要因や人為的要因によって施設が破損や倒壊などの被害を受ける生産リスクも抱えている。全国における園芸施設被害は,1979~2015年度の年平均で少なくとも約5万棟(農林水産省『園芸施設共済統計表』)に及んでおり,農産物の生産・加工・流通・消費の各過程に与える影響を見過ごすことはできない。本研究では,2014年2月に関東甲信地方を中心に発生した降雪による園芸施設被害を事例として,産地と卸売市場における園芸作物の需給変動とその地域差を把握し,被害の発生にともなう連鎖的な影響の一端を明らかにした。研究対象として,埼玉県北部地域の野菜(キュウリ)と花き(ユリ),山梨県峡東地域の果実(ブドウ),長野県諏訪地域の花き(カーネーション)をそれぞれ選定した。
   使用した主な統計情報は,生産過程が農林水産省『野菜生産出荷統計』『果樹生産出荷統計』『花き生産出荷統計』であり,卸売過程が農林水産省『青果物卸売市場調査報告(産地別)』と東京都中央卸売市場『市場統計情報(産地別取扱実績)』である。分析期間は,被害年の2014年の前後2ヵ年を含む2012年から2016年までの5ヵ年とし,被害前との比較と被害後の回復状況を把握した。分析は都道府県単位と市町村単位とし,各地域の施設園芸作物の年別や月別の生産・卸売状況を捉えた。以下,3地域の中で園芸施設被害棟数率が最も高かった埼玉県北部地域の野菜(キュウリ)を例に分析結果を示す。
   埼玉県の作物被害ではキュウリの29億円が最も大きかった(埼玉県農林部「農業被害状況」)。同県のキュウリは,2014年に対前年比で作付面積が83%へ,収穫量と出荷量はともに72%へ減少し,10a当たり収穫量も87%まで低下した。2015年と2016年には作付面積,収穫量,出荷量が増加に転じたが,被害前の生産水準には戻っていない。キュウリの主要な産地である深谷市では,2014年に対前年比で作付面積が68%へ,収穫量と出荷量はともに51%へ減少し,10a当たり収穫量も75%まで低下した。被害翌年の2015年には作付面積,収穫量,出荷量が増加に転じたが,いずれも被害前年の71%に留まった。
   主要消費地別(北海道,東北,関東,北陸,東海,近畿,中国,四国,九州)の埼玉県産キュウリの卸売数量は,2014年に対前年比でいずれの地域においても減少した。主要な出荷先である関東では73%に低下し,北海道と東北は37%へ,東海では5%へ急減するなど,卸売市場の入荷量には明瞭な地域差が現れた。また,卸売価格は2014年に対前年比で東海が156%,北海道が130%,関東が108%へ上昇する一方で,近畿が91%,北陸が75%へ低下するなど,他産地からの入荷の影響を示している。被害翌年の2015年には北陸を除く主要消費地で卸売数量が増加し,卸売価格はいずれの地域も低下した。
   埼玉県産キュウリの全出荷量の半数以上が入荷している関東・京浜市場(さいたま,上尾,戸田,千葉,船橋,松戸,横浜,川崎,平塚の各市と東京都の卸売市場合計)における埼玉県産キュウリの卸売数量は,2014年に前年から6,000t以上減少し,対前年比で74%に落ち込んだ。市場全体では卸売数量が減り,卸売価格は上昇する市場原理が働いたため,市場合計では売上高が前年を上回った。ところが,埼玉県産は卸売数量の減少に比して卸売価格が上昇しなかったため,売上高は被害前年の79%に留まった。
   被害翌月となる2014年3月の京浜市場における都道府県別のキュウリの卸売数量を,前年同月と比較すると,埼玉県産が72%まで落ち込むなど,群馬県や千葉県など関東地方の諸県からの入荷量が大幅に減少した。その一方で,高知県や宮崎県などの四国・九州地方の諸県からの入荷量が増加した。しかし,市場への入荷量は対前年比で87%に留まり,平均価格は135%へ上昇した。キュウリの産地は全国に分散的に立地しているため,卸売価格の上昇をともないながら,国内の産地・市場間で需給が補完的に調整されたとみられる。
   埼玉県北部地域のように施設化が進んだ園芸産地では生産過程と卸売・流通過程の双方で被害の影響が大きかった。露地栽培を中心として施設園芸が一部で導入されている産地や夏秋季出荷を中心として一部で周年耕作が行われている産地では,卸売・流通過程への影響は限定的であった。園芸施設被害の発生にともなう産地と卸売市場への影響について,被害状況の差異に加えて,産地ごとの作物の作型や市場ごとの産地の位置づけが,連鎖的な影響の地域的な差異を生じさせた可能性を指摘できる。産地と卸売市場,卸売市場と小売市場との時空間距離に応じた需給変動に関して詳細な分析が必要になる。

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