日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P224
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タイの土地利用分類体系
オントロジーの観点から
*吉田 英嗣小口 高PATANAKANOG Boonruck高野 誠二織田 竜也柴崎 亮介
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抄録


 演者らは,地球規模の諸問題(大規模自然災害や食料危機など)に対応しうる学際的な検討を可能とするための,「地球観測データ」の相互利用に関する研究に参画している.これは,世界中のさまざまな国や機関が作成してきた膨大な観測データを共有し,有効に活用する方法論を提案するものである.ここで用いられる理論は哲学において「存在論」を意味するオントロジーである.オントロジーは最近では工学の分野を中心に「概念の設計図」という意味合いで用いられており,演者らのグループでは具体的な素材として土地利用図などを取り上げてきた.土地利用図には人間による土地の利用方法に関する情報が含まれる.すなわち,農用地であれば作物の種類あるいは作付け時期といったクロッピングパターンなど,森林であれば二次林,休閑林など,都市の場合では宅地や商業地域などである.それらは分類基準(凡例)そのものであるので,凡例の持つ概念の意味内容や概念同士の関係を体系化するのに都合が良い.演者らのグループはこれまで,主に英語圏における土地利用分類体系について調査・報告してきた(小花和ほか 2006;織田ほか 2006;高野ほか 2007).本発表では,タイ国における土地利用分類体系の特徴を紹介し,オントロジーの観点から若干の考察を行う.
 タイでは土地開発局(Land Develop Department:LDD)において官製の土地利用図が作成されており,土地利用の分類項目が設けられている.現在の分類体系は少しずつ加筆・修正が重ねられてきたものであり,タイにおいて土地利用に関する図面が作成される際のスタンダードとなっている.LDDによる分類体系の主な特徴は次のようである.
1) 上位のクラスから順にLevel 1,Level 2,Level 3に大別される,階層的かつ系統的な分類体系である。
2) Level 1は5項目,Level 2は27項目,Level 3は151項目からなり,どのLevelまでを図示の対象とするかは図面の縮尺で決まる.
3) 農業に関する項目が全体の大半を占めている.
4) 項目名が例えば作物の種類など具体的な言葉で表現されており,直感的に理解できる.
 分類体系が階層構造をなし,図面の縮尺に応じて表示階層が変わることは,他の多くの分類体系と共通している.そして,特に農業に関する項目の設定に重きがおかれていることは,タイが近年急速に工業化してきたとはいえ,依然として農業を経済の基盤としていることが強く影響していると思われる.また,タイにおいては無秩序な農地開発(国有地の不法利用や少数民族による伝統的焼畑)が固有の問題としてあり,土地管理といった側面からも作物種ごとのきめ細やかな凡例が必要とされているものと考える.
 一般に土地利用図の用途はきわめて多岐にわたり,その分類基準は目的に応じて大きく異なることが少なくない.それゆえに,オントロジーによる検討の具体的題材となりえるのであるが,タイ国内で作製される土地利用図群は原則としてLDDによる分類体系を用いる必要があるため,観測データとして相互に参照性が高いといえる.この点は,例えばインドの状況(高野ほか 2007)とは大きく異なる.このようなタイにおけるトップダウン式の土地管理は,人口増加と経済水準の上昇に伴う土地利用圧といった課題とせめぎあいながらも,既存データの相互利便性の向上に寄与しうるものであり,今日的に意義深い.

【文献】
小花和宏之ほか 2006.東京大学空間情報科学研究センター Discussion Paper Series,No.80:1-27.
織田竜也ほか 2006.日本地球惑星科学連合2006年大会予稿集(CD-ROM),Z235-P004.
高野誠二ほか 2007.日本地理学会発表要旨集,71:196.

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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