日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: 417
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国際労働力移動としての現地採用日本人女性
―シンガポールにおける調査から
*中澤 高志由井 義通神谷 浩夫木下 禮子武田 祐子
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抄録

1.本発表の目的 発表者らはすでに中澤ほか(2008)を公表し,シンガポールで働く日本人女性が海外就職を決意するに至った理由,彼女たちの仕事と日常生活の実態および将来展望を明らかにした.中澤ほか(2008)は,シンガポールで働く日本人女性の主観に力点を置いて,彼女たちによって生きられた経験としての海外就職を理解しようとする試みであった.しかし主体の行動や主観からのアプローチのみでは,海外で働く日本人女性の増加という現象を十分に理解することはできない.本発表では,日本人女性の海外就職を国際労働力移動として捉え直し,シンガポールにおける現地採用日本人女性の増加の背景を構造的に把握することを目的としている.また,本発表は,筆者らがシンガポールで行ってきた一連の調査のまとめとしての位置づけも有している. 本発表では,まず海外在留邦人数統計を用いて,海外で生活する日本人女性の量的・質的変化を時系列的に概観する.つづいてインタビューした対象者58人を対象に,シンガポールで働く日本人女性の属性上の特性を詳細に把握する.そして日本およびシンガポールの社会的・経済的状況との関連で,シンガポールにおいて日系企業で働く日本人女性が増加した要因を,労働力の需要側(シンガポールに立地する日系企業)の要因と供給側(日本人女性)の要因に分けて,定量的なデータを中心に分析する. 2.シンガポールにおける日本人女性の増加 1) 需要側の要因 需要側の要因の根底にあるのは,日本から派遣される駐在員の減少である.東洋経済新報社『海外進出企業総覧』によれば,アジアでも駐在員数が増加を続けているのはほぼ中国に限られ,中国を除くアジアでは,金融危機を境に駐在員数が減少に転じた.駐在員はきわめてコストがかさむため,日系企業は駐在員を減少させて現地スタッフへの置き換え(ローカリゼーション)を進めている. 駐在員数の減少は,純粋なローカリゼーションでは必ずしも対応できない.なぜなら,シンガポールでは,日系企業の顧客の多くが日系企業あるいは日本人であり,そこでは単に日本語が話せることに加え,「日本的なもの」を理解していることが求められる.そのため,現地採用の日本人女性に対する需要が高まるのである. 2) 供給側の要因  供給側の要因のうち,日本人女性の内面に関わることは,中澤ほか(2008)で詳述した.本発表では,構造的な背景としての日本の若年労働市場の態様に着目する.図1から明らかなように,対象者の多くが大学卒業を迎えたのは,大卒求人倍率が低迷していた時期である.そのため,対象者の中には,満足のいく仕事に就くことができなかった者が少なくないと思われる.現に対象者58人のうち13人は,海外就職をする以前に正規雇用の職に就いていなかった. シンガポールに来たときの年齢が分かる対象者51人のうち,23人は27,28,29歳のいずれかの時に,シンガポールに来ている.インタビュー調査からは,20歳代の後半が女性のライフコースにとっての転機と認識されていることが伺えた.また,対象者58人のうち51人は,シンガポールに来る以前に,短期間ではあれ,海外での生活を経験していた.海外経験の一般化は,ライフコースの転機となる年齢に達し,今の仕事への不満が改めて意識されたとき,選択肢として海外就職を選ぶ女性が増加したことの背景の一つであると考えられる. 文献 中澤高志ほか2008.海外就職の経験と日本人としてのアイデンティティ―シンガポールで働く現地採用日本人女性を対象に.地理学評論81:95-120.

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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