ジェンダー史学
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海外の新潮流
「平和の犯罪」としての戦時・植民地主義ジェンダー暴力
──イタリア歴史学における研究動向──
小田原 琳
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2016 年 12 巻 p. 81-91

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抄録

21世紀を迎えても、ジェンダー暴力は減少するどころか、ますますその規模と苛酷さを増しているように見える。西洋先進諸国は、イスラーム文化の男性中心主義を批判するなど、躍起になってジェンダー暴力を「野蛮な行為」として他者化しようとし、ときにフェミニストの一部もそうした潮流に棹さすのを見ることができるが、「女性殺人femicide, feminicide」は、先進国においてもごく日常的に見られる。たとえば、筆者の研究対象地域であるイタリアでは、統計上、三人に一人の女性が肉体的・性的暴力被害の経験をもち、2014年には152人、つまり3日に1人以上の女性が殺害された。うち117名が家庭内での殺人であることに鑑みれば、ジェンダー暴力がいかに日常に根ざしているかが想像されうる1 。女性に対する暴力、とりわけ戦時におけるそれは、現象としてはホメロスまで遡って見ることができたとしても、ジグムント・バウマンがホロコーストについて指摘したように(『近代とホロコースト』1989 年)、近代という枠組みのなかで考えるべき問題であろう。本稿では、近年のイタリア歴史学におけるジェンダー暴力というテーマの浮上と、そのなかでとくに、植民地主義とジェンダー暴力にかかわる研究動向を紹介し、その文脈と意義を考えたい。なお本稿中では、性に対して社会的に付与される役割、ふるまい、属性に基づいて非対称的にふるわれる、広汎な領域におよぶ暴力という意味で「ジェンダー暴力 gender-based violence / violenza di genere〔伊〕」の語を使用している。第1節に詳述するように、近年性暴力についての理解は、戦時等の極限的状況における女性に対する物理的暴力という認識からはるかに進展し、性をめぐるさまざまな形態の心理的・物理的暴力、および、日常的に作用して暴力を生産する構造的ジェンダーに着目するようになっている。これにともなって、イタリアでは学術的にも行政等でも「性暴力」とならんで「ジェンダー暴力」という表現が用いられるようになっている。くわえて、本稿では十分に触れることができないが、暴力をジェンダーという観点から考えることで、権力関係のなかで弱者とされ性的に侵害される被害者のみならず、性的加害を生じさせる構造をも問うことが可能になると筆者は考える。

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© 2016 本論文著者
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