日本物理学会誌
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最近の研究から
量子系が作る重力とその検証への歩み
松村 央南部 保貞山本 一博
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2024 年 79 巻 5 号 p. 224-229

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抄録

量子系はどのような重力を作り,どのような現象を引き起こすだろうか? これは量子力学と一般相対性理論の融合に向けた基礎的な問題であり,プランクスケールのような高エネルギー領域に限った話ではない.卓上実験のような低エネルギー実験においてさえ全く解明されておらず,この現状を打破することができれば現代物理学の発展につながると期待できる.

この問題を早くから重要視していたのはリチャード・ファインマンであり,彼は1957年に次のような興味深い思考実験を提案していた:「質量を持った粒子が位置の重ね合わせ状態にあるとし,その粒子によって作られる重力場を考える.もし重力が量子力学に従うなら,量子的な重ね合わせにある粒子は,量子的に重ね合わさった重力場を形成する.もしこの粒子の近くにプローブとなる別の粒子を置くとどうなるだろうか?」

この思考実験は,重力を時空の歪みとする一般相対性理論を尊重すれば,時空自身の量子現象を取り扱うことを意味する.したがって,重力を測定できる大きな質量の量子系が実現できれば検証できると期待される.現在では量子力学の実験が進展し,およそ10-5 gの物体の力学的運動について量子状態が実現され,さらに大きな質量を持つ量子系の構築が進められている.また重力の測定実験も発展しており,10-1 g程度の物体が生む重力が測られ,より小さな質量が作る重力を測定する技術も進展し始めている.量子実験と重力実験が扱える質量スケールは近づきつつあり,いずれ量子現象と重力現象の両方が顕著となる領域に到達するであろう.ファインマンの時代には不可能であった重力の量子現象を検証する実験が実現できる時代が目前に迫っている.

近年の量子実験や重力実験で中心的な役割を担っているのは光学機械振動子系である.これは光と振動子が結合する物理系であり,重力波観測の基盤技術としても応用されている.光と振動子の結合を利用し,光の測定から振動子の振る舞いを制御することで,振動子の量子状態が実現でき,重力の量子現象を検証するためのプラットホームの一つとして考えられている.

それでは検証に向けた具体的なシグナルやターゲットは何だろうか? それを理解するために,ファインマンの思考実験をさらに推し進めてみる.質量を持つ粒子を位置の重ね合わせ状態にすると,それが作る重力場も量子的に重ね合わさった状態となる.その粒子の生み出す重力を測るために,プローブとなる別の量子的な粒子を近づけてみる.プローブ粒子は重力相互作用によって運動し,重力源となっている粒子が作る重力場に伴って,重ね合わせ状態に遷移する.このとき重力源粒子の位置とプローブ粒子の運動の間には,重力相互作用を介して相関が生まれる.各粒子が量子的に振る舞っているとき,その相関は非局所的な量子もつれであると予想される.

この重力による量子もつれ形成が重力の量子性を検証するターゲットとなっており,それに関連した理論的・実験的研究が活発に行われている.このような研究の潮流の中,我々は「量子系が作る重力」をキーワードに,光学機械振動子系における重力による量子もつれ形成や重力によるレゲット–ガーグ不等式の破れについて研究し,また場の量子論に基づく理解を進めてきた.現在,量子実験と重力実験の発展を契機に,理論家と実験家を巻き込んだ量子重力研究が始まっており,基礎科学の新しい分野の開拓が期待される.

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