日本物理学会誌
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最近の研究から
IceCube実験による銀河面ニュートリノ放射の世界初観測
倉橋Neilson 尚子石原 安野
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2024 年 79 巻 4 号 p. 181-185

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抄録

美しい夜空の象徴ともいえる天の川.我々の太陽系が属し,1,000億個を超える恒星を擁する天の川銀河はその美しさのみならず,豊かな科学の対象としても人類を魅了してきた.これまで人類が観測してきた数多くの銀河の中で最も身近な存在であり,電波,可視光やX線といった様々な波長の電磁波で観察され続けている.

2023年,我々国際共同研究チームは,南極点にあるIceCube(アイスキューブ)ニュートリノ望遠鏡による天の川銀河から放射される高エネルギーニュートリノ観測に成功した.マルチメッセンジャー観測は,電磁波観測に加え,重力波やニュートリノといった新たな観測手段を組み合わせることで,天文現象のより深い理解を目指す.今,天の川銀河のマルチメッセンジャー観測が新しいフェーズを迎えている.

銀河系宇宙線の多くは高エネルギーまで加速された陽子である.電荷を持ちその軌道が星間磁場で曲げられる宇宙線は,到来方向観測による発生源の特定が困難だ.そのため宇宙線のみの観測からでは,宇宙線が銀河内のどこで生成され,どのように拡散していくのか,といった基本的な疑問に答えることができない.

一方,宇宙線は,銀河系内の伝搬時にガス等の星間物質や天体内外の光子と衝突することでパイオンを生成し,そのパイオンの崩壊からニュートリノやガンマ線を生成する.

中性パイオン起源の銀河系内ガンマ線はこれまでにも衛星や地上のガンマ線望遠鏡により観測されてきた.ただし,同様のエネルギー帯のガンマ線は,電子の運動によっても生成され,また,天体内外の光子場や物質との相互作用による減衰も起こり得る.このため,宇宙線起源の中性パイオンがどこにどの程度存在するのかについては不定性が残っていた.

荷電パイオンの崩壊によって生成される「高エネルギーニュートリノ」は,物質を通過し銀河の深部まで死角がなく,生成機構不定性も小さい素粒子であり,これまで得られなかった重要な情報をもたらす.つまり,ガンマ線によって得られた知見と,新たに高エネルギーニュートリノによってもたらされる情報とを組み合わせることで,より信頼度の高い系内宇宙線のエネルギースペクトルやその位置依存性の推定が期待できる.

南極点にある高エネルギー宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCubeは1ギガトン容量の深氷河をチェレンコフ光媒体とする世界初の高エネルギー宇宙ニュートリノ観測装置だ.2011年より,完成した検出器での観測を開始したIceCube望遠鏡であるが,その宇宙ニュートリノ観測の中心となるエネルギー帯は,系外宇宙線起源解明に適した1013 eV(=10 TeV)から1016 eV(=10 PeV)といった領域である.これまでに高エネルギー宇宙ニュートリノ発生天体として銀河系外にある二つの活動銀河核の同定に成功している.

天の川銀河放射面の多くはIceCubeニュートリノ望遠鏡のエネルギー閾値が高い南天に属する上に,期待されるニュートリノのエネルギーはこれまで観測されてきた系外宇宙線起源ニュートリノよりも低い.しかし,IceCube実験は,以前は銀河面観測には不向きと考えられていた観測チャンネルを使用する新たな解析手法を開発し,1 TeVから10 TeV領域の感度を大幅に向上させることで,世界初の銀河面からのニュートリノの観測へとつなげた.

光では観測が難しい宇宙線の相互作用の現場をより直接的に映し出すことを可能とするニュートリノ.その観測の成功により,銀河内に分布する宇宙線の理解への新たな道が開けた.

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