2020 年 Annual58 巻 Abstract 号 p. 354
記憶や学習を担う海馬では、成体の脳内で神経幹細胞が神経細胞へと分化する現象である成体神経新生が起きている。認知機能の低下をもたらす加齢や糖尿病、アルツハイマー病等において異常な成体神経新生が確認されることから、海馬での成体神経新生と学習・記憶には関連があり、脳内に存在し続ける未熟神経細胞が学習・記憶に重要な役割を担うと考えられている。詳細なメカニズムの解明は、成体神経新生に起因する認知機能欠陥の改善につながるであろう。そこで本研究では脳機能を司る神経回路網レベルにおいて、情報処理を担う電気活動に対し未熟神経細胞が及ぼす変化を検証した。ラットの海馬細胞を単離して神経活動が安定するまで培養した成熟神経回路網に、神経幹細胞を追加播種し、未熟神経細胞に分化するまで培養した。微小電極アレイを用いた細胞外電位多点計測から、未熟神経細胞の存在の有無による、神経回路網の自発的電気活動の違いを解析した。その結果、未熟神経細胞の存在により、細胞集団から構成される回路網全体のバーストの持続時間と間隔が長くなり、スパイク間隔の分布にも変化が現れた。さらに、細胞集団同士のスパイクの同期性が低下したことから、各細胞集団が異なる活動を行うことが示唆された。本研究の結果は、海馬での成体神経新生における未熟神経細胞の存在が学習・記憶における役割解明に対し、神経回路網レベルからの知見を与える意義がある。