日本考古学
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炭素14年代測定法による弥生時代の年代論に関連して
橋口 達也
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2003 年 10 巻 16 号 p. 27-44

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抄録

先に国立歴史民俗博物館は,AMS法(加速器質量分析法)による高精度炭素14年代測定法によれば弥生時代の開始は紀元前1000年,前期初頭の年代は紀元前800年,前期と中期の境は紀元前400年頃にあると推定した。そして弥生時代の始まる頃の東アジア情勢を殷(商)の滅亡,西周の成立の頃に,前期の始まりも西周の滅亡,春秋の初めの頃となり,認識を根本的に改めねばならない。また前期と中期の境についても仮に紀元前400年頃にあるとすれば,戦国時代のこととなり,朝鮮半島から流入する青銅器についてもこれまでの説明とはちがってくるだろうという問題提起を行った。
これに対して筆者はまず,曲り田遺跡で早期の住居跡から出土した鉄器片に関連して殷,周,春秋,戦国時代の鉄器について概観し,殷,周時代の鉄は珍奇なものとして玉と同様に用いられた儀器的なものであり,曲り田遺跡の鉄器片は戦国時代のものとすることが妥当であり,このことからも早期の年代を紀元前10~9世紀に遡らせることはできないと考える。次に前期初めの今川遺跡から出土した有茎両翼式銅鏃と遼寧式銅剣の茎を利用した鑿から遼寧式銅剣の問題を取り上げ,たとえ遼寧式銅剣の始まりが周末,春秋初期であったとしても,これらが直接にではなく,その影響を受けて成立した朝鮮半島の遼寧式銅剣が北部九州にもたらされたものと考えるので,前期初頭が紀元前800年頃に遡るとは考えられない。また前期と中期との境が紀元前400年頃にあれば,青銅器の流入についてもこれまでの説明とはちがったものとなるとされた問題については,燕下都辛庄頭30号墓から出土した朝鮮式銅戈,韓国,北部九州出土の細形銅戈との比較からこれらの年代についても取り上げた。
さらに前期と中期の境を紀元前400年頃とする根拠として使われた年輪年代と考古学的方法から導かれた推定年代との問題点,直接的には今回の炭素14年代とは関係ないが,貨泉を年代決定の根拠として用いることへの危惧について述べた。
以上のことから結論を言えば,筆者がいままでに作り上げてきた弥生時代の年代論は大筋では間違っていないことを強調しておきたい。

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