2019 年 93 巻 3 号 p. 49-73
近世イタリアでは市民の道徳の発達と共に、キリスト教徒とユダヤ教徒の差別化の論理から非道徳的なユダヤ人ステレオタイプが作られた。本論は『ヘブライ人の状況についての議論』において、一七世紀ヴェネツィアのラビ、シモーネ・ルッツァットがこの偏見にどのように反論し、かつユダヤ教を守ることを試みたかを明らかにした。ルッツァットはユダヤ教を特殊な儀礼と普遍的な道徳性に分け、前者はユダヤ人のみが自由意志で守るが、後者は全人類が積極的に共有すべきとした。これは近代に似た宗教観念と言えるが、他方で個人はまず儀礼を通して繋がり、その外で道徳性によって異教徒と関係を持つと主張し、近代と異なる社会観念も持つ。この見解を当時の社会背景から考察し、ルッツァットがユダヤ教も兄弟団と同様に道徳的教えを持ちヴェネツィアの秩序に貢献するとしつつ、儀礼に関しては外国人組合nationeに認められた慣習法に落とし込み、ヴェネツィア当局の統治方針に合わせて議論していると結論づけた。