2002 年 25 巻 2 号 p. 1-10
コミュニケーション能力に関して,応用言語学においてはウィドウソンの論を例外として,個人内での意味交渉などの動的過程を説明する理論は形成されなかった。本論は哲学者デイヴィドソンの議論が,ウィドウソンの論を拡充し,第二言語教育に貢献するものであることを示す。デイヴィドソンの事前理論・即事理論の論証は,言い誤り・聞き誤りを多く含む第二言語コミュニケーションをうまく説明する。彼の理論は,特定のコミュニケーション成立からコミュニケーション能力を説明し,原則に基づいた認知的な推論の働きがコミュニケーションに大きく関与していることを明らかにしている点で,コミュニケーション能力論に独自の貢献をなしている。彼の議論は,コミュニケーションは,従来考えられていたように事前理論の共有によって成立するものではないこと,およびコミュニケーションを目指す教育は言語学的意味での「言語」を超えた教育となることを明らかにしている。