植物分類,地理
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チリツバキとトウツバキのF_1雑種について
吉川 勝好
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1969 年 23 巻 5-6 号 p. 163-174

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抄録

チリツバキ×トウツバキとの交雑F_1と両親の諸形質の観察調査結果を第7表にまとめ,両親との類似点について比較検討してみた.母親のチリツバキに近い形質として,葉面に光沢があり,裏面にタンニン黒粒が多く,表皮細胞の形や気孔の大きさが似ていることや,表皮部の粘液細胞がきわめてすくなく,子房に毛のないことがあげられる.父親のトウツバキに近い形質は葉の厚みがチリツバキよりうすいこと,鋸歯が多く,葉柄が短かいこと,葉の組織内に異形細胞がすくなく,柵状組織の2層目の発達が悪いことである.両親にない特色は広楕円形葉または広卵形葉がみられ,葉脈が葉面に浮き出ており,気孔数が多いことである.しかし,これらは樹の若さによるためであるかも知れず,この点については今後さらに検討を要する.第7表 チリツバキ,トウツバキ,F_1雑種の葉の諸形質の比較[table]上記諸形質を総合して,F_1雑種は両親の中間型よりやや父親のトウツバキに近い形質を示すもののようで,さらに,サクラバツバキによく似た形質をもっている(13-2がとくによく似ている).トウツバキの体細胞染色体数は90または45とされ,古く中国から伝わった.チリツバキも古くから日本にある品種で(染色体数は報告されていないようであるが,おそらくヤブツバキ系の園芸品種と同じく2^n=30である),現在ある品種のなかにもトウツバキとの雑種があるのではないかと思われる.一般に染色体数を異にした交雑F_1の形態的形質は染色体数の多い親の形質にかたよることが草本植物などで報告されているが,林木でも干葉によって行なわれたハンノキ属の交雑結果に示されたよぅに,本実験でもF_1の葉の形態的形質は染色体数の多い父親にかたよった傾向が顕著にみられた.また林木のようにヘテロである場合,両親にはみられないような形質が現われることが報告されているが,本実験でも前述のように葉の光沢や形状,葉脈にこのような傾向がみられた.チリツバキの自然結実の種子から得た実生群に変異の多いことは,母樹が咲分けの形質をもっていることから当然考えられるが,実生群は赤芽と青芽系統とにわかれ,その花色は赤芽系は赤系統のみ,青芽系は白系統(斑入りを含む)のみと判然と分かれた.このように咲分けの形質が単色に分離した子供の変異が永続的なものであるか,生育過程において母樹と同じように咲分けの現象が現われるものかどうか,いずれにせよこの事実および今後の観察結果は,咲分けの遺伝的解明に一つの資料を提供することになろう.青芽,赤芽など開舒時の新葉の色に変異のあることはヤマザクラ,クス,ケヤキ,ウバメガシなどの広葉樹にみられる現象である.トウツバキには不稔個体があると云われるが,Lion's headは結実し易い品種だとされている.しかしここで用いたトウツバキ(Lion's head)は現在までのところ雌性不稔であった.チリツバキ×トウツバキのF_1雑種には白色花が咲いたが,これを花粉親のトウツバキと戻し交雑により白色の優秀花を咲かせる期待がもてそうである.なお今後開花するF_1個体の花色,花形およびF_1と両親の染色体数について調査を行なう予定である.終りに,造園樹木の育種に対し深い御理解と御指導を賜っている京都大学農学部附属演習林長佐野宗一教授,文献について御助言をいただいたお茶の水女子大学理学部津山尚教授,御協力下さった立石新吉氏に厚く御礼申し上げます.

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© 1969 日本植物分類学会
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