理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-172
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ポスター発表(一般)
肢節運動失行を呈したが自転車乗車の運動再学習が可能であった一症例
青柳 敏之
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抄録

【目的】Liepmannは、失行を「運動可能であるにも関わらず、合目的な運動が不可能な状態」と定義した。その中で、四肢の運動に関する記憶の喪失を生じ、熟練しているはずの運動行為が拙劣化した状態を肢節運動失行(Limb kinetic apraxia:LKA)いう。また、LKAはボタン掛けや書字といった手指や上肢に関する報告が多く、下肢や全身運動、移動動作に関する報告は少ない。また、それらの運動や動作の運動再学習に関する報告も少ない。今回、LKAを呈した症例を担当する機会をもち、自転車乗車の運動再学習に対し治療介入を行ったため、シングルケーススタディとして報告する。

【方法】LKAを呈した症例1名の自転車乗車の運動再学習を行った。
症例情報:60代、男性、右利き。生活背景より自転車乗車が必須。左脳梗塞(卵円中心)、両側内頸動脈狭窄症の診断で、2病日より理学療法・作業療法を行い、60病日で麻痺は改善みられ、ADLはほぼ自立となった。しかし、連続的行為や両側同時運動が拙劣となるLKAが確認された(fist-ring test、fist-edge-palm test陽性)。コミュニケーションは良好。緊張異常、失調、不随意運動、感覚障害はなし。
介入方法:60病日より介入。自転車乗車を再学習するうえで、スタンドの操作や、自転車を押しての歩行、自転車のまたぎ動作などに関しては安全の確保もしやすいため、実動作の反復練習を行った。また、自転車の管理として、洗車や空気入れなども同様に行った。しかし、自転車乗車の実動作練習は安全の確保も難しいため、反復練習は行いにくい。そこで、自転車乗車の課題を1.漕動作、2.バランス保持の簡単な課題2つに分解し、まずはその2つの課題が安全にできるようにし、反復練習を行い、その後に自転車乗車の実動作練習を実施することとした。具体的には1.に対してはエルゴメーター(以下、エルゴ)を、2.に対してはブレーキ操作や方向転換含む、自転車にまたがりハンドルを持った状態での歩行(以下、自転車歩行)という課題を実施した。また、全ての練習を行う際は、動作や行為を自身で言語化してもらうこととした。


【説明と同意】症例には本研究の主旨を説明し同意を得た。

【結果】練習を開始して1日目(60病日)は、自転車を扱う全ての動作が拙劣で、転倒の危険性が高いと感じられた。エルゴに関しては、リズミカルに漕ぐことができず、駆動中に右下肢をペダルから落としてしまうことがあった。自転車歩行に関しては、下肢や自転車の傾きと対応したハンドル操作、場面に応じたブレーキ操作が困難で、下肢で減速を図る傾向がみられた。しかし、4日目(63病日)では、スタンドの操作や、自転車を押しての歩行、自転車のまたぎ動作は安全にできるようになった。エルゴもリズミカルに漕げるようになり、自転車歩行、ブレーキ操作も方向転換も安全かつスムースにできるようになったため、同日より自転車乗車の実動作の反復練習を開始した。実動作でも漕動作はリズミカルに可能であり、バランス保持も可能で、転倒の危険性は低いと感じたが、場面に応じての漕動作や方向転換時の速度調整が足を地につけないと困難であり、エルゴと自転車歩行での練習で習得したことがうまく統合できていないという印象であった。しかし、6日目(65病日)では、それらの問題点も見られなくなり、方向転換だけでなく、坂道の上り下りなども安全に行えるようになり、実用レベルとなった(fist-ring test、fist-edge-palm test陽性)。

【考察】今回は、LKAに対するリハビリテーション(以下、リハ)として1.機能改善型治療介入、2.能力代償型治療介入、3.行動変容型治療介入を用いて実施した。具体的には、1.として実動作による反復練習を行い、2.として自身で動作や行為の言語化を行い、3.として課題を分解し、それぞれを練習し、最終的には組み合わせ、行為を完成させた。結果、練習開始から6日目で自転車乗車は実用レベルとなった。しかし、今回はシングルケーススタディであり、比較対象もないため、この運動再学習をするまでの期間を早いととらえることはできない。ただし、LKAを呈した症例に対し、このような理学療法介入を行ったことで自転車乗車の運動再学習が図れたと考える。

【理学療法学研究としての意義】失行症の回復過程はいまだ不明な点が多く、リハの方法も評価も十分に確立されていないのが現状である。今回の発表はLKAを呈する症例に対する理学療法介入を確立するうえで有意義なシングルケーススタディと思われる。

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© 2011 日本理学療法士協会
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