理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P3-105
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一般演題(ポスター)
自己意識性の視点からみた半側空間無視の病態解釈の試み
一症例の観察およびインタビュー内容の分析に基づいて
高宮 尚美井元 淳沖田 一彦
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抄録

【目的】
自己意識性(self-awareness)とは,主観性を維持しながら客観的に自己を知覚する能力であり,心理学における自己モニタリング(self-monitoring)の概念と類似している.近年,この自己意識性と半側空間無視(unilateral spatial neglect:USN)との関係性が指摘されているものの,その根拠となる研究はまだ少ない.そこで今回,右半球損傷患者一例を対象に,治療介入を行いながら継続した観察を行い,その内容を質的に分析した.本研究の目的は,自己意識性に着目してUSNの新たな病態解釈を試みることである.
【方法】
対象は60歳代の男性.右皮質下出血発症後に開頭血腫除去術を施術され,左片麻痺とUSNを呈し,Brunnstrom stageは上肢・手指・下肢ともI~II,表在・深部感覚は中等度~重度鈍麻であった.ADL能力は介入時FIM40点(食事5点,排尿管理2点,排便管理5点,理解4点,表出5点,社会交流4点,問題解決2点,記憶3点,その他1点)であった.動作能力としては介入当初,端座位-軽介助,移乗-全介助,移動-車椅子全介助(自走時には左側の障害物にぶつかり進行困難)であったが,端座位-監視,移乗-軽~中介助,移動-車椅子自走監視で経過した.なお,観察期間は発症後64~102日であった.
症例に対し,リハビリテーション室における理学療法介入中に厳密な観察を行うとともに,非構造化インタビューを適時実施した.インタビュー内容は,ICレコーダーに録音したものを文字変換した.観察およびインタビューの内容分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach:GTA)の手法を用いた.すなわち,分析ワークシートを作成して概念を抽出したのち,それらの関連性について検討した.
【説明と同意】
患者および家族にあらかじめ研究の主旨・方法・人権保護について,書面および口頭で説明し,同意のもと承諾書に署名を頂いた.
【結果】
分析の結果,「知覚と記憶の参照」,「現在の知覚の変化」,「知覚予測の実践」という3つの概念が抽出された.それぞれの概念は自己意識性のレベルによって階層性をもち,各概念の下層概念は知覚情報の正確性をもとに区分できた.また,自己意識性のレベルが高くなるほど,身体に記録更新されたスキーマを獲得する傾向が見られた.
【考察】
抽出された3つの概念は,USNの重症度,言い換えれば回復段階の一端を表していると考える.第一に「知覚と記憶の照合」は,記憶や自発的に創造されたイメージが実際の知覚に勝っている状態から,それぞれが等しく存在する状態への変化を示している.これは,言い換えると前頭葉機能が頭頂葉等の機能より優位な状態と考えられる.第二に「現在の知覚の変化」は,わからないことに対する気づきから知覚予測と知覚情報の調整能力の獲得への変化を示しており,前頭葉のトップダウン制御と頭頂葉等のボトムアップ制御が調和していく過程と考えられる.第三に,「知覚予測の実践」では欠損した知覚に気づき,そのような自分を「知って」いて,さらにその知覚予測を構築するスキーマを獲得している状態として考えられる.このとき前頭葉の機能が改善している状態であり,知覚にエラーが生じなくなることが示唆される.
また,以上の3つの概念をとおして,「現在(now and here)の知覚情報」と「以前に経験した知覚情報の記憶」との「比較・照合」に関する段階性の存在が示された.これにより,比較・参照の対象がない状態は,現在や記憶された知覚情報が独立して存在しているため正誤の判断が行えない状態である.その後,同種感覚モダリティー間はもちろん,異種感覚モダリティー間でも比較・参照が可能となり,正確な判断が行われるに至る過程が導きだされた.さらにここでも,比較・参照が正確に行われるほど,自己意識性が高い傾向がみられた.
今回の結果から,自己意識性の視点からUSNの病態解釈を行い,それに基づいた重症度あるいは回復段階を評価することの重要性が確認できた.そして,治療介入としては,段階に応じた知覚経験,言い換えると体験的な「気づき」を患者に促す必要がある.
【理学療法学研究としての意義】
以上のように,知覚という観点からUSNの病態を再解釈し,その重症度あるいは回復段階を理解すると,従来のUSNに対する介入方法の問題点が見えてくる.今後考えられる治療戦略としては,左半身に単に感覚刺激を入れ患者の注意を促すというよりも,言語的介入による誘導で前頭葉機能の代償・活性を図り,知覚経験の言語化・意識化を誘導することがより効果的となる可能性が示唆された.

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© 2010 日本理学療法士協会
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