ファルマシア
Online ISSN : 2189-7026
Print ISSN : 0014-8601
ISSN-L : 0014-8601
オピニオン
俊英を預かる薬学の魅力と期待
上村 大輔
著者情報
ジャーナル フリー

2014 年 50 巻 11 号 p. 1071

詳細
抄録

日本の有機化学の歴史を考えてみると,薬学系の長井長義博士の貢献は大きい.日本化学会ではその貢献に鑑み,化学遺産としてエフェドリンの発見をはじめとする膨大な資料を登録した.一方,時代は少し進むが農学系ではオリザニンの発見者,鈴木梅太郎博士の寄与が継承されている.また,理学系では真島利行博士が中心となって,いずれも日本の有機化学発展に大きく貢献したことは周知の通りであろう.そのため,日本の薬学教育は米国と異なり,実学的というよりは基礎研究の色が濃く,薬学教育の質の高さや応用に対する広がりを誇っている.したがって,卒業する学生諸君の高い志と,意欲の深さには計り知れないものがあると保証されてきた.結果として,日本薬学会の産業界への貢献も大きく,苦しい情勢ながらも我が国の化学・製薬産業が世界的に発展していることはまぎれもない事実であろう.江戸末期に日本が全く無知だった西洋医学の世界に飛び込んで,今日に至る250年の苦闘にかかわった先達に心から敬服する.
ところで,薬学部に進学する学生は医学部生と同様に「人類の健康に貢献したい」という,強い意欲と高い志を持っていると考える.そういった学生に対していかに魅力ある薬学にするかについては,いささか知恵を働かせなければならない.つまり詰め込み的な教育と魅力ある創薬的な部分とのすみ分けではないだろうか.もちろん,就職先の確保は言わずもがなである.大げさに言えば,かつては月に一度の発売医薬品の開発,高い俸給の保証などといった時代もあったが,今日ではそうもいかない.20年以上の開発年数,数百億円以上の開発費,どれをとっても大変な時代である.薬学教育が過度に知識偏重な薬剤師養成に傾注することは,日本の頭脳資源が有限であることを考慮すれば得策ではないと考える.苦しくとも新しい医薬品はもちろんのこと,抗体医薬品を含めた新しい概念での医薬品開発を目指さねばならない.基礎研究を核にして,必ずや今までとは全く異なった成果が生みだされるに違いない.基幹校といわれる大学の優秀な学生は大学で職を確保しなければならないし,その一方で大学は人材を抱え込んだり出し惜しむことなく,広く全国津々浦々に輩出しなければならない.これが社会からの強い要請である.薬剤師として相当の人材を供給することはもちろんだが,薬学に期待されているのは医学系へのサービスではなく,独自性こそが嘱望されていることを忘れないでほしい.
また,医学系と有機化学の接点は重要である.経口投与できる小さな有機分子の医薬リードとしての力は盤石であり,かつては有機化学者の独壇場であった.ところが,標的特異性に優れた抗体医薬などが注目されるに伴い,一般的に特異性に難を持つ低分子有機化合物はかつての輝きを失った.しかしながら,有機分子を自由自在に操り,また無尽蔵な天然資源に着目するサイエンスの「論理的思考」や「インテリジェンスの遊び」はなくしてはならない.この辺りにも薬学への期待が存在する.生命が完全に理解されないうちは,薬学研究者に休みはないのである.

著者関連情報
© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
前の記事 次の記事
feedback
Top