文化人類学
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対面相互行為を通じたトランスダンスの出現 : 米国黒人ペンテコステ派教会の事例から
野澤 豊一
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2010 年 75 巻 3 号 p. 417-439

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抄録

本稿では、米国黒人ペンテコステ派キリスト教会で実践される儀礼的トランスダンス「シャウト」の成立過程を例に、トランスダンス出現のメカニズムとその表現上の特性について考察する。従来の研究では、トランスダンスは文化的に構築された表象として理解されてきたが、この接近法はペンテコステ派の実践の核心にある「非決定性」を正しく把握するのに重大な余地を残している。「非決定性」とは、礼拝におけるシャウトの即興性やペンテコステ的な信仰を支える受動性を包含する概念である。この非決定的なプロセスを可視化するために、本稿では、シャウト出現時の即興的な信者間のやりとり(及びそこで成立する関係性)に注目し、シャウトが出現するメカニズムを「相互行為の構造」として把握する。それによりシャウトは、<没入者(シャウトする者)>とそれに対する<関与者>との間の、「<没入-関与>関係」から出現すると記述することが可能になる。こうした用語が有意味なのは、シャウトの正しい成立にあって、シャウトが踊られること自体よりも、<没入-関与>関係の十全な成立の方が有意な場面があるからである。これらの場面からは、対面相互行為における個人の没入行為が、他者との相互的な自発性によってはじめて達成されるという事実が確認できる。これが相互行為の相におけるシャウトの「非決定性」の内実であり、これには対面相互行為に本来的な「ユーフォリア」が伴う。シャウトという身体的表現は宗教的には「聖霊の働き」と解釈しうる。だが、その出現過程を関係性から記述することは、シャウトが、他者との関係性の切り結びを希求する、「表情性」豊かな身ぶりでもあるという発見につながる。相互行為としての非決定性と身ぶり表現としての表情性という2つの特性は、シャウトという超越体験と日常性とのつながりを視野に入れることによって、はじめて意義深いものとして発見されるといえる。

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2010 日本文化人類学会
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