日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1303
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都市の創造性をどう考えるか
*半澤 誠司
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抄録

I.はじめに
発表者の主たる研究関心は,アニメーション,ゲームなどの文化産業である.文化産業の特性として,創造性がその競争力の根幹を成しており,創造性が涵養されやすい特定の大都市に集積していることが,多くの研究から明らかにされている.発表者自身も,創造的な地域とは何かについて,検討を加えてきた. 大都市に立地する文化産業に対して,斯学においては,主として経済地理学分野から関心が寄せられており,1980年代から90年代にかけては柔軟な専門化の観点から,1990年代から現在まではイノベーションや創造性の観点から,議論されることが多い.これらの研究の主流は,企業間・労働者間のネットワークに焦点を当てているが,クリエイターが就業・居住を好み,彼らの創造性を刺激する場としての都市も,地理学以外の分野では活発に論じられている. そこで本発表では,都市の創造性がどのように議論されているか,代表的な研究を2系統取り上げて,要点を整理する.その上で,都市地理学に期待される貢献の可能性を探り,経済地理学における成果との接合を展望する.
II. 創造的階級への注目
都市の創造性に広く関心が寄せられる契機になった研究が,フロリダ(2008)である.彼は,アメリカ合衆国内の経済成長率が高い地域には,創造的階級 が居住する割合が多いことを指摘した.知識経済化が進展する中で,創造的活動こそが経済発展の中軸を担うため,その活動に従事する創造的階級から選好される地域であるか否かが,地域の成長力を左右する.そして,そのような地域とは,人種・民族などの多様性に対して寛容な地域であると論じた.大都市の長所は多様性にあるとしたジェイコブズ(2010)の議論に,彼は多大な影響を受けており,多様性こそが都市の創造性の源泉であると捉えている.
III.創造的都市に関する研究
創造的階級の議論は,地域経済発展に対する関心が背景にあるといえようが,ランドリー(2003)や佐々木(2001)などにみられるように,より総合的な都市政策に対する関心からも,都市の創造性への注目が集まっている.後藤(2005)によれば,1970年代頃から,福祉的な要素が強かった文化政策が行き詰まりをみせる一方,西欧先進諸国において都市の荒廃が顕著になってきたため,都市再生の手段として文化政策が活用されるようになった.文化政策の対象領域が,従来のハイカルチャーを超え,文化産業やサブカルチャーにまで拡大し,都市政策にも踏み込むようになったのである.そして,住民の創造性を喚起し文化基盤も豊かにすることで,魅力的な都市空間を生み出すと共に,コミュニティの構築,産業振興などを図るようになった.さらに1990年代以降になると,社会的排除の問題にも目が向けられるようになり,文化政策は,さらに多様な政策分野との連携を進めつつある.このように創造性は,都市政策の焦点の一つとして浮上してきた.
IV.おわりに
ここで紹介した議論は,出発点が異なるものの,都市的特性に根差した創造性に注目し,地域を「豊か」にしようとしている点で共通する.これらは,都市なるものへ深い関心を抱いており,都市地理学の研究蓄積を反映させられる点もある.しかし,都市地理学というよりも日本の地理学に共通する傾向として,伝統的に政策指向が弱いため,明確に政策論として構築されているこれらの議論との接点が,自明であるとはいい難い.創造性を鍵概念にして,経済地理学はいうに及ばず,地域政策・都市政策・文化政策などに関心を持つ分野との対話を積極的に進めるべきであろう.

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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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