環境科学会誌
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一般論文
モンゴル国における牧民の災害回避行動への教育の影響に関する分析—2010年に同国ドンドゴビ県で発生した自然災害“ゾド”を事例にして—
中村 洋
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キーワード: 移動性, オトル, 教育, 遊牧, 放牧地
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2019 年 32 巻 6 号 p. 193-203

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抄録

モンゴルでは冬から春にかけて,寒さや積雪などの複合的な要因により,家畜が大量死する自然災害“ゾド”が発生する。ゾドは牧民の生業であり,モンゴル国の基幹産業でもある遊牧に悪影響をもたらす。先行研究から出張放牧“オトル”は,ゾドによる頭数減少を緩和する効果を有することが明らかになっている。オトルをする世帯には,頭数が多いなどの特徴があることも分かっている。ただし,都市の存在は牧民の放牧地利用を変えるほどの影響力があり,オトルにも影響を与えていることが仮定されるものの,オトルと都市の関係を明らかにした実証的な研究は十分とは言えない。本研究は,有効な牧民の災害回避行動であるオトルの実施と,都市との関係を明らかにすることを目指した。調査は,モンゴル国で2010年に発生したゾドにより,最も家畜頭数が減少したドンドゴビ県内にあり,県内最大の都市“マンダルゴビ”のあるサインツァガーン郡の牧民148世帯を対象に行った。分析の結果,県外にまで出るような長距離のオトルは,夏から秋,冬から春ともに家畜頭数の減少を緩和していた。ただし,マンダルゴビの学校に通う子どもがいる世帯は,ゾド前の夏から秋にかけて,県外に出るような長距離のオトルをしていなかった。子どもの食生活の嗜好の変化や,より進学に有利な環境を望む親の意向により,マンダルゴビ周辺に留まったものと考えられる。ゾド発生時の冬から春のオトルに関しては,労働力が不足し,遊牧経験の短い世帯は長距離のオトルをしていなかった。労働力は移動をしにくくし,遊牧経験が短いことで,寒さをしのぐ畜舎などをオトル先で借りるための調整に課題があった可能性がある。有効な災害回避行動であるオトルを,県を越えるような長い距離でできるように,夏から秋のオトルでは,社会の変化に合わせた教育環境の整備と,冬から春のオトルでは,行政等による畜舎などを借りやすくする調整が必要と考えられる。

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