ファルマシア
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速く,広くそして深く
岩田 想
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2014 年 50 巻 9 号 p. 847

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抄録

2014年5月の時点までに,25種類のG蛋白質共役型受容体(GPCR)の構造が解析されている.2007年にβ2アドレナリン受容体の構造が解かれて以来,受容体の構造数は急速に増加している.しかしながら,創薬研究に携わっている読者の多くは,なかなかそれを実感できないでいるのではないかと思う.その最大の理由の1つは,現在までに解かれている受容体構造の偏りにある.GPCRの構造解析は構造ゲノム研究成果の1つの頂点といえるが,その根幹に,多数のホモログを並列解析し,より構造解析に適した受容体を見つけてくる手法や,受容体の不安定な部分の除去や変異による積極的な受容体の安定化の手法を含んでいる.その帰結として,構造解析しやすいもの,または既に似たものの構造が解けており,安定化の戦略を立てやすい受容体の構造が必然的に多く解析されることになる.例えば,生体アミンの受容体はその安定性もあり最も多くの構造が解かれているが,本特集でも取り上げられている嗅覚や味覚の受容体の立体構造は全く得られていない.これは,安定化に有効な親和性の高いリガンドが得にくいこと,細胞外に翻訳後修飾をうけた大きなドメインを有すること,ヘテロな多量体として働くものがあることなど,現在の構造生物で技術的に克服されていない要素を含んでいるものが多いためである.
GPCRの構造研究をその機能研究や創薬に結び付けるためには,今後以下の3点がより重要になるだろう.まず,ターゲットの構造をより系統的かつ迅速に解析する技術の確立である.例えば,自由電子レーザーSACLAなどは解析の速度を飛躍的に向上させる可能性がある.次に,より多様なGPCRの構造を解析することが重要となる.実際のすべての受容体構造を実験的に決めることは,時間的にも費用的にも現実的ではない.しかしながら,現在の計算機科学の技術では受容体のホモロジーモデル作成のために非常に近似した構造が必要である.将来的には,多くの受容体構造を十分な精度でモデリングするために必要な各種構造を幅広く解析する必要がある.それとスーパーコンピュータの組み合わせにより,多くの受容体構造を良い精度でホモロジーモデリングできるシステムの構築が目指される.また,リガンド結合部位の情報は,未知のリガンドのドッキングシミュレーションを行う際に非常に有効な情報である.より多くのリガンドとの複合体の構造が蓄積してくれば,上記ホモロジーモデリングの結果との組み合わせによりオーファン受容体のリガンド探索などが可能になるかもしれない.
そして3つ目は,更なる情報伝達の分子機構の理解だろう.アドレナリン受容体とヘテロ三量体G蛋白質複合体の構造が解かれてはいるが,リガンドの結合からG蛋白質の活性化そして細胞内の情報伝達に至る経路に不明な点はまだまだ多い.G蛋白質の選択性のような基本的な問題ですら,我々は理解していない.受容体単体の構造を解くだけでなく,G蛋白質などの複合体として解析していくことにより,細胞内情報伝達の分子機構が明らかになるだけでなく,例えば中間状態や複合体のインターフェースをターゲットとした全く新しい創薬を行うことができるようになる可能性が開ける.受容体研究は速さ,広さそして深さが要求される新時代に突入したということができるだろう.
*:SACLAの公式サイト<http://xfel.riken.jp/index.html>

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© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
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