ファルマシア
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オピニオン
春の風と秋の霜
医薬品の適正使用
髙柳 輝夫
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2014 年 50 巻 2 号 p. 95

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抄録

東京は御茶ノ水,神田川に架かる聖橋の近くに湯島聖堂はある.さらにその中に建っていた昌平坂学問所(昌平黌),そこに深いかかわりをもつ人物の1人に幕末の儒学者 佐藤一斎がいた.彼が著した「言志後録」に“春風接人,秋霜自粛”,すなわち“春風をもって人に接し,秋霜をもって自ら粛む”という言葉がある.筆者が初めてこの言葉に接した時,大きな感銘を受けた.昼夜を分かたず病気で苦しむ患者の方々に,有効で安全な医薬品を早くお届けしたいという想いや,医薬品の適正使用の実現に貢献したいという願いと基本的に符合する思想であると感じたからである.そして,永らく休眠していた日本薬学会 医薬化学部会の創薬懇話会が復活し,その最初の創薬懇話会(富山)において講演の機会をいただいた際,「春風と秋霜―医薬品と創薬をめぐって」という標題とした.6年前のことである.
佐藤一斎についてもう少し書く.1772年に美濃国の岩村藩の家老 佐藤信由の次男として江戸・浜町で生を受けた.幼くして読書を好み,水練・射騎・刀槍に優れていたという.後に,朱子学の宗家の塾長となり,多くの門下生の指導に当たった.さらに1841年,70歳で昌平黌の儒官(総長)に就任した.そして,佐久間象山,山田方谷,渡辺崋山等の高弟を育成するとともに,一斎の教えが,幕末から明治維新にかけて新しい日本を造ることに貢献した多くの指導者達に大きな影響を与えたと評価されている.
一方,この頃のヨーロッパに目を転じると,1830年に解熱・鎮痛作用があることが経験的に知られ,実際に治療に使われていたセイヨウシロヤナギから活性物質が分離され,サリシンと命名された.さらに,1838年にはサリシンから結晶が単離され,サリチル酸と名付けられた.早くも1857年にサリシンは日本に伝わり,米沢藩の医師堀内敵斎が著書「医家必携」でヤナギの葉の効用に言及し「この薬,苦味,収斂,解熱の効あり.近世,柳皮塩あり,撤里失涅といふ」と記している.佐藤一斎が活躍していた頃,ヨーロッパを舞台として,現在でも盛用されているアスピリンの登場(1899年)に向けて着々と準備が整っていたということになる.
前述したように,筆者は医薬品の創製や適正使用の実践には“春風接人,秋霜自粛”という思想が極めて貴重なものであると考えている.すなわち,医療従事者の方々,製薬企業や医薬品流通企業の役員と従業員の方々は,医薬品の特性を的確に理解するとともに,患者や生活者の方々のために医薬品の品質,安全性が確保され,有効性が最大限に引き出される状況を作るという,厳しい仕事に真摯に取り組むことが何よりも大切である.
ご承知の通り,現在,後発医薬品の使用促進への課題,スイッチOTC医薬品に関する諸課題,さらに一般用医薬品のインターネット販売(OTC医薬品のネット販売)における諸課題等々,医薬品をめぐる多くの解決すべき課題がある.これらの課題はそれぞれ極めて重要なものであり,長期的視点の下,早急な決定・解決が期待されるが,検討の過程において「医薬品は情報と一体となってはじめてその目的が達成できる」という基本が忘れられることがあってはならない.そして,薬学教育の場でも医薬品を創る立場ならびに医薬品を使う立場から“春風接人,秋霜自粛”に沿った考え方が一層尊重され,採り上げられることを強く望みたい.

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© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
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